1人が本棚に入れています
本棚に追加
空木君は本を貸してくれる。
ちょっと高そうな、古いけれど、しっとりとした紙質の本。
(図書室にはない、海外の童話だ……。ハッピーエンドのものが少ない。そして、動物たちは当たり前のように人語を話し、宗教的思想をかかげている。信念のためには同胞にも、平気で牙をかける)
空木君は、放課後のだれもいない時間、私に本の感想をたずねた。
「ウサギさんがかわいかった……」
みゆゆちゃんがこの前、女の子は、かわいい動物をかわいい~♡と、高い声でいえば、男の子の心をかんたんにとりこめるって、お友だちにいってたような……。ウサギは、かふうちゃんがかわいいといってた動物だった。まねさせてもらお。
「そんな感想はミジンコにでもいわせておけばいい」
(ミジンコさんに失礼じゃない?)
「多くの物語は愛と死をテーマに綴られているんだ。つまり、この話で注目すべき点は──」
空木君はニュースもよくみてるみたい。
戦争と、海外の株式と、財政介入について、解説、それから独自の考察も交えた意見をのべた。
この前、とおくの町で大きな地震がおきたんだけど、それは大国の作った新兵器の試射が原因なんだって。
「ちょいツラ貸せや」ある日、かふうちゃんに制服をひっぱられた。
「ねぇあいかちゃん、あれはどういうこと?」
「……?」
「空木君のことだよっ! あいかちゃんみたいな『プロボッチ』がクラスきってのイケメンの空木君となかよくなるなんておかし~でしょー。かふうより先に処女卒するなんて許さないんだから! いくらだしてたぶらかしたのよ」
「……?」(しょじょ、てなんだっけ。あとで辞書をひいてみよ。でも、毎回国語のテスト30点台のかふうちゃんが知っている単語だし、くだらない言葉なんだろうな……)
つれてこられた場所は、ウサギ小屋の横の木陰なんだけど、ウサギさんたちは、ニンジンのかけらをハムハムしている。
あ……。
「……どうしたの?」
「……一羽すみっこでうずくまっているの」
「大変! お腹でも壊しているのかもしれないわっ! あとで先生にいっておかないと……て、ちがうっ!」
「よくみたら、寝てるだけみたい」
「話をそらすなんてあいかちゃんのくせにいい度胸じゃない! はぁはぁ、ちょっと大きな声出したらお腹がすいちゃった」
かふうちゃんはウサギさんのエサのキャベツを、いくつかつまみ食べちゃった……。
みーみー……
(ウサギさんたちは抗議をしている……)
「このキャベツ、とても塩分が多目でおいしいわっ! 脱水症対策にいいかもしれない……て話そらすなっ! バカあいか!」
(話、そらしたかな?)
「ともかくね、空木とはかかわんないほうがいいよっ! 大変なことになるんだから」
「……大変なこと?」
「ええっとねー! まず、空木はイケメンです。それに、あいかちゃんとちがって話上手でお友だちも多いです。なので……必然的に女子からの人気も高いです。はいっ、あいかちゃん、今年のバレンタインデー、最多チョコ賞にかがやいたのは誰でしたか」
(男子の名前、ほとんどわかんない……)
「正解は、留学生のパンダ・リー君です。でもコイツは家系が石油王につながっているから、玉の輿狙いが大半でしょうね。二位は球を蹴るしか脳のない、あのサッカーバカね。いつもうぇいうぇいイキッてるから、自分の球でも蹴っていればいいのにね。それで三位が空木。でも空木ってねー甘いもの苦手みたいで全部返しちゃったのね。だから、女子はどうやったら空木の心をゲットできるか、いつもかんがえている」
(チョコ一個で心が手に入るなら、安いものだ……)
「つまり! 空木となかよくしていると、周りの女の子から意地悪されちゃうよ~てこと。まぁそれだけじゃないけど、いいこと、空木とは仲良くしないこと! かふうのいうことは、ちゃーんと聞いておいたほうがいいょ。じゃないと」
「……じゃないと」
「じゃないとー!」
かふうちゃんは、からかうように人差し指をくちびるにあて、微笑んだ。
(あ、モンシロチョウが目の前を飛んでいる)
「天狗さんが、あいかちゃんをつれさりにくるカモメ。かぁかぁって」
かふうちゃんは、六時間目の授業の途中に腹痛でたおれました。保健室の先生によると「悪いものでも食べたんでしょうねー」だって。たぶん、ウサギさんのキャベツだ……。
最初のコメントを投稿しよう!