あい玩『G』

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「ちょっとそのツラ貸すなの」放課後、みゆゆちゃんに腕をつかまれた。 「……?」 「おや……ひいらぎさん、君たち仲良かったのかい」いい忘れていたけど、空木君は私の後ろの席です。 「空木君っ♡ そーなの♡ みゆゆは~、あいかちゃんと~、と~っても仲良しなの~♡ 今からいっしょにお花つみにいくなのっ♡  ア……っ! お花つみというのは、女の子のおトイレのことじゃなく、ほんとうにシロツメクサをつみにいって花かざりを作るなのっ……! アイドルのみゆゆのおしっこは、ラブビームエネルギーに変換されるから、排泄するわけないなのっ……♡」  みゆゆちゃんは、今日もニコニコ、私の腕に額をすりすり、そして、私の上靴のかたっぽをふみつけていた。そんな彼女をみて、とりまきの女の子たちが「かわいい~♡」と拍手している。 (痛い……みゆゆちゃんは、私の上靴を自転車の空気入れのペダルだとおもっているのかな……)  トイレの個室につれこまれた……。みゆゆちゃんは、私をにらみつけたまま、後ろ手にトイレの鍵をかけた。 「どういうつもりなの」 「……?」 「とぼけんなっ! なんで呪いの人形のオマエが『私の空木君…♡』と仲良くしてんだよ!」  彼女は乱暴に私の制服の襟首をしめあげている……気道がふさがれているため、呼吸がおもうようにできない……。  がくんがくん  ガミガミ……  さんざん私の体をゆさぶり、私のことをきびしく叱責したあと、みゆゆちゃんは私のことを解放してくれた。私は蓋のしまった洋式便器にすわりこんだ。 「みゆゆ、今日もレッスンなの……だから、早いとこ切り上げないとなの……。『呪いの人形』に触れるなんて、人生の汚点で超無益な時間なの。ねぇあいかちゃん、これからは空木君となかよくしないって約束できる?」  こくこく 「ありがとうなの、じゃあ『ゆびきり』するなの」 (知らない人のために解説しておくと『ゆびきり』とは契りの儀式だ……。大人のように証書を用いない、指を交わす行為のことだ。よく女児向けアニメでみるやつ) 「よしっ……小指でいいなの」 「……」  みゆゆちゃんがランドセルから出したのは、手のひらサイズのペーパーナイフだった。刃は星くずのように夕陽を反射していた。みゆゆちゃんは「今年の誕生日に、海外に赴任しているパパが送ってくれたプレゼントなの」だといった。奴隷に誓いの印を刻むため、森奥のシャーマンたちが使用している物だという。 (まぁ贋作だろう)  ☆ 「よくがんばったなの、絆創膏を貼ってあげるなの、親に聞かれたら、家庭科の時間にケガをしたというなの」  ピピピッ……っ!  血をハンカチでふきおえ、ぬぐいさると、刃から数滴の血がしたたりおちた。  そのハンカチは、便器に捨て、みゆゆちゃんは帰った。   (子供の力では骨を貫通することは不可能だった……。いや、そもそもあんな詐欺まがいのナイフでは、油ですべり、肉は切り落とせないのかもしれない。切られた、というよりは、ひっかかれた、そんな事象が似合う)  夕陽がすこしずつ夜にのまれていく。  トイレのすえた臭いを鼻からすいこむ。  灰色。灰色のトイレ……それは血がまざり、すこしよどみがかっているね。 (……まだ、少し痛い)  水滴の落ちる音がかすかにきこえる。 (帰ろう……血は止まった)  ランドセルを背負い、反省点を探る。 (たとえば、心があるふりをするのはどうだろう? みゆゆちゃんはやさしい女の子だ。痛みに泣き、許しを乞えば、彼女の『オトモダチ』に加わることができるかもしれない)  トイレの小窓にかふうちゃんの顔を見た気がした。 「……」  それはすぐに消えてしまった。かふうちゃんは哀れみをふくんだ目で私を見ていた。「だからいったのに。バッカだなぁ」彼女の目は、私にそう訴えていた。 (でも……ありえない。だって、ここは六年生と五年生の教室がある階層……、つまり三階で)  人は鳥のように飛ぶことができない。  墜落ならだれでも最高加速度を手に入れることができるけどね……。  だからきっと、みまちがいだったのだ。  その夜、小指の痛みで眠れなかった。  目をつむれば、みゆゆちゃんのペーパーナイフの刃の残光がみえた。すこしだけ線香花火ににたその光は、私のまぶたの裏を焼く。  次の日の朝、子供たちは、昨夜学校に天狗が出たとさわいでいた。
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