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「悪いんだけどこれ、至急郵送しておいてくれないかな?」
「……もう終業時間過ぎてますし、明日にしてもらえませんか」
「急ぎなのよ~。だけど私たち、まだまだ体空きそうにないから出しに行けそうもなくって」
「そうそう、忙しいのよねぇうちの部署は。どっかの誰かさんと違って」
どっかの誰かさんというのは総務部の帆高さんのことでしょうか、と心の中で皮肉を込めて呟く。その言葉を口に出すことができないのかと、ちょっと情けない気持ちになった。
「……」
「渋る程のことじゃないでしょ? 帰り道の途中でぱぱっとポストに入れて来てくれればいいんだから」
「そんなに時間のかかるモンでもないし、そもそもこれは総務のオシゴトなんだしさ。ね、お願い!」
確かに、郵便物の送付は総務部で一括して行なっている。さして手間もない簡単な雑務であることも否めない。
「……分かりました。次からは早めに出すようにして下さい」
「わー、ありがとー! 助かるわー」
断れば、またグダグダとごねられるのは目に見えていた。
芹香を待たせてまでこんなことに時間を割くのももったいないから、と考えを切り替えて素直にその書類を受け取ったけれど、その内一通の表面には宛先が書かれていないことに気付いた。
「あの、これ」
「ああ、こっちの分の送り先はこの名刺の住所にお願いね。初めて出すとこだけど今後もお世話になると思うから、ついでに宛て先ラベルも作っておいてよ」
「えっ、ちょっと」
「じゃあヨロシク~」
私の呼び止めには応じず、二人はクスクスと笑いながら部屋を出て行ってしまった。
郵便物を出すのも宛て先ラベルを作るのも、それほど難しい仕事ではない。けれど、この帰り際というタイミングだととても面倒なものに感じてしまうのはなぜだろうか。
「はあ……」
彼女たちはそれを分かっていて、私にそういった仕事を退社時間を見計らって押し付けていったのだ。これは私に対する悪意を具現化した行為、そう、他でもない嫌がらせというやつだ。
なぜ自分がこんな目に遭っているのか、彼女たちが今まで私に向けてきた言動の端々からそれとなく察してはいて、自分自身に主な原因があるわけではないことははっきり分かっている。だけど、こんな理不尽な仕打ちが続けられているのは、他でもない私の弱腰な態度が原因だ。
きっぱり断らないのは面倒に巻き込まれない為、なんていうのは建前で、本音はただ勇気がなくて言い返せないだけ。自らは及び腰で何もできず、かと言ってこんな状況下にあることを周囲に知られたくないために、誰かに助けを求めることもできない。
プライドばかりが無駄に高くて、その実はただの弱虫でしかない自分が嫌で仕方なかった。
「……」
手元に残る二つの封筒と、名刺。
空白の宛先を睨みつけながら、宛名をわざと汚い字で手書きして送ってやろうかと考えたけれど、何とか怒りを制して自分の席に戻った。
不本意とは言え引き受けた仕事、責任の最終的な所在は自分にある。それに一時の感情で自分勝手な振る舞いをすれば、あの女子社員達や私だけではなく、会社全体の品位が損なわれてしまうのだ。
一度電源を落としたパソコンを再び立ち上げる。
起動処理中の画面を眺めながら、思いっきり叫んで発散したいという衝動に駆られたけれど、誰に聞かれるかも分からない社内で凶行に走るわけにもいかず、諦めて肩を落とした。
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