1:悪魔はプラダを着ているか(4)

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1:悪魔はプラダを着ているか(4)

咲葵(さき)。あんたさぁ、何かあたしに隠してることあるでしょ」 「えっ!? ……っ!!」  対面に座る芹香(せりか)が、ワイングラスを置きながらこちらを上目づかいで見つめた。  突然の問い掛けに思わず咳込んでしまった私は、レモングラスの浮いている水を一気に呷った。 「すごい動揺っぷり。そこまでいい反応されると、いっそ清々しいわね」 「ち、ちが……急に突拍子もないこと言うから、ちょっとびっくりしただけ」 「言い訳はいいから、とりあえず芹香ちゃんに話してみ? ん?」  口調はふざけているのに、その目にこもる心情は正反対の色を帯びている。私は、何かいい具合に誤魔化せないかと必死で頭を巡らせた。 「さっきも急ぎの仕事を忘れてた、なんて言ってたけど、あれホントなの?」 「だ、だからあれは……」 「ホントにホントーに、”咲葵が”忘れてたの?」  肘をついて真っ直ぐに私を射抜く芹香の視線は、言い訳の言葉を考える猶予すら与えてくれそうにない。  私はフォークを取り上げようとしていた手をテーブルから下ろして膝に置き、小さく息を吐いた。 「拓己(たくみ)が絡んでる?」  一瞬迷ってから、小さくうなずいて答える。芹香は、やっぱりね、と呟き、再びワイングラスを手に取った。 「無関係じゃない、と思う。けど……」 「ふーん……?」  芹香はグラスに口を付けながらも視線を外さず、その先を続けるように促している。私は芹香のそんな意図をちゃんと理解した上で、口をつぐんで俯いた。  浅野(あさの)拓己(たくみ)くん。  入社当時は企画開発部の所属だったのだけれど、企画力の高さだけでなくバイヤーとしての手腕をも持ち合わせていたところから、マーチャンダイザー”見習い”として今は各部署を転々としている。アパレル業務全般のノウハウを勉強中の、いわゆる期待の新星だ。  現在は販促課に所属していて、そこで若くして課長を任されている芹香ですらも、彼の怒涛の邁進に自分の立場の危うさを感じている、らしい。  それ程の才能を持ち、社内外から注目を集める浅野くんは言わずもがな、女子社員たちの”あこがれの君”でもあったりする。そんな彼が、総務部でひっそりと皆を支えることに従事している地味な私に、尋常ではない興味を抱いているとなると、彼を慕う界隈が私にとって良くない形でざわつくのも無理ないことで。さっき私に仕事を押し付けていった彼女たちも、『あんな地味オンナにのぼせ上がるなんて、絶対浅野くんは何か騙されてる!』という信条の下、私を目の敵にして嫌がらせをしてくるのだ。本当に、いい迷惑としか言いようがない。  仕事もできて女の子にもモテて、キラキラ眩しい勝ち組一直線の浅野くんと、普通以上でも以下でもなく、正負どちらにも突出したところのない私。なんだか一生口を聞くこともなさそうな感じだし、実際、話をした記憶が私には残っていないのだけれど、浅野くん曰く私たちは”衝撃的な出会い”をしたのだそうだ。
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