2:ローマで休日を(2)

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 私はティーカップを再度手に取り、紅茶の香りを味わった。薄く立ち昇る湯気の向こう側で、涼しげに庭を眺める紫藤さんをこっそりと見つめてから、私は思い切って口を開いた。 「……あの、失礼だったらごめんなさい。紫藤さんって今お幾つなんですか?」  ゆっくりと、紫藤さんの視線がこちらへと向けられる。その瞳に浮かんでいるのが不快感でないことは何となく察することができたけれど、興味本位でつまらない質問をしてしまったことに気恥ずかしさを覚えた私は、今すぐ謝らなければならないような感覚に陥った。 「ご、ごめんなさい。やっぱり男の人でも年を聞かれるのは」 「幾つに見えますか」 「えっ」 「咲葵さんから見て、私は幾つぐらいに思えますか」 「……」  下手を打つわけにはいかない、咄嗟にそう思った。紫藤さんは相変わらず柔らかな笑みを浮かべており、怒りや嫌悪など、心模様がマイナスに動いているような感じは見られない。でも、それが真に抱えている感情だとは限らない、そんな風に勘繰ってしまうような得体の知れない何かが、紫藤さんには潜んでいる気がするのだ。  ここは若めに言っておくべきか、それとも素直な考察を述べるべきか。私の心は激しく揺れた。 「そんなに熱心に考え込まないで下さい。冗談です」 「へっ?」  熟考する態勢を整えようとしていたところを窘めるような口調で止められて、私はつい間抜けな声を上げてしまった。 「……私、そんなに真剣な顔してました?」 「ええ。眉間にしわを寄せて、緊張感が(ほとばし)っておりましたよ」  可笑しそうに笑う紫藤さんに釣られるように、私の頬も自然と緩む。少しの間そうやって笑いあった後、紫藤さんはふと何かを思い出すような表情を浮かべ、視線を遠くへ向けた。 「咲葵さんは、真面目なのですね」 「いえ、ただ冗談の通じないつまらない人間でして……」 「そんなことはありませんよ。人の言葉を素直に受け止め真摯に向き合って下さる、素晴らしい方です」 「……簡単に騙されるチョロイ奴、って意味ですか?」 「マイナス思考はいけません。せっかくの素直さが翳ってしまいますよ」 「……」  褒め言葉を“素直に”受け取れないのは、自分が狭量なだけではなく、紫藤さんの笑顔が少し意地悪に見えたせいに違いない。
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