2:ローマで休日を(3)

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 バルコニーにつながる観音開きの窓がわずかに開いており、そこから入った少し冷たい夕風は、ほのかに感傷的な匂いを含みながら白い薄布のカーテンを穏やかに翻している。  たぶんあの庭から調達してきたものなんだろう、サイドボードの花瓶に生けられた白いバラは、夕焼けの朱い光に染められて神秘的な雰囲気を醸し出していた。  張地に落ち着いたゴールドのダマスク柄が入った、背もたれ部分のやや長いアンティークチェアに腰掛け、濃いチョコレート色のビューローに向かって書き物をしている私の今の心境は、さしずめ中世西洋の貴族の娘、と言ったところだろうか。  使用している筆記用具が、地味な手帳と百均のボールペンだというところがすごく残念だけれど、そこは自分の妄想力で何とか補うことにする。  外観、ロビーと、生活感の排除が完璧に成されていたところにきて、客室に入った私は三度目の感動に出くわすことになった。ここもまた、今まで続いた夢の世界を一切壊すことのない空間が造り上げられていたのだ。  天井に埋め込むタイプのエアコンは、草花の彫刻が施された”ガラリ”で覆われ、テレビは脚の長いサイドボードにひっそりと鎮座していた。  そしてその隣に並ぶ小さなキャビネットがなんと、小型の冷蔵庫だった。こういった冷蔵庫を量販店で見たことはなく、もしかしたらこの客室の為に特別に設えたものなのかもしれない。  とにかく、現代の文明の利器たちは、その機能を損なうことも部屋の空気感を台無しにすることもなく、きちんと設置されていたし、洗面所やバス、トイレに至るまで色合いも風合いもきちんと整合されている。  もうこれ以上どのように感動すればよいかと悩むくらいに、ここは完璧な場所だと思った。 「……」  この感動を残そうと、夢中になって走らせていたペンの動きをふと止めて顔を上げる。部屋のドアをノックする音が聞こえたのだ。 「帆高様、今少しよろしいでしょうか」  ドアの向こうからは、のんびりした口調の女性の声が響いた。  そう言えばさっきここへ来る道中で、オーナーが挨拶にくると聞いたような覚えがある。  私はスカートの裾を二、三回払い、後ろで簡単に結んだ髪を手櫛で整えると、ドアをゆっくりと開けた。
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