2:ローマで休日を(3)

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「こんばんは~。すみません、お休みのところ押しかけてしまって」  そこに立っていたのは、ナチュラルな雰囲気の綺麗な女性だった。  メイクは決して作りこまれたもののように見えないところから、きっとスッピンのままでも綺麗な人なんだろうと思う。落ち着いた色合いのロングヘアが丁寧に編み込まれ、それが更に若さを演出しているせいか、いい意味で年齢が全く読めない。  オーナーは都倉さんの古い友人だとは聞いていたけれど、もう少し年齢を重ねた感じのセレブな奥様、というイメージを勝手に作り上げていたせいか、どうにもこの目の前にいる女性がその人物であるという風には感じられない。 「……あの、違っていたらごめんなさい。オーナーの奥平さん、ですか?」  自分なりに失礼にならないように気を付けつつ、思い切ってそう尋ねてみると、彼女はびっくりしたように手を口元に当てて「そうですよ~」と返した。 「どこかでお会いした? だったらごめんなさいね、私本当に忘れっぽくて」 「あっ、違うんです。さっき都倉さんから、オーナーが来られるってことを伺っていたものですから」  その答えに、奥平さんはほっと胸をなでおろして安心したかのようなジェスチャーをして見せた。 「良かった~。私ね、よく街なかでも声を掛けられるんだけど、そのお相手が誰なのか全く思い出せないことがよくあるのよ。だからもしかしたらと思って……っと。これ以上は長話になってしまいそうだから、続きはまたあとでゆっくり、ね」  続きがあるのか、とか、しかもゆっくり語り合うつもりなんだ、とか、いろいろな思いが駆け巡ったけれど、そんな胸中を見透かされないよう曖昧に笑いながら、小さくうなずいておいた。 「ええと……ああ、そうそう。夕飯はいつごろにご用意しましょうか? 基本的には六時から八時の間なんですけど、ご希望がありましたら柔軟に対応しますよ~」  奥平さんはフレンドリーな態度はそのままに、少しだけ路線を店員モードに切り替えて私にそう尋ねる。  普段、休みの日であれば大体六時過ぎには夕食をとっているけれど、今の自分の腹具合から、少し遅めにした方が良いと判断した。 「それじゃあ、七時に」 「オッケー、かしこまりました。じゃあその頃にまた声を掛けに来ますから、それまでごゆっくりどうぞ」 「……はーい」  奥平さんはにっこりと微笑み、私に向かってヒラヒラと手を振ると、鼻歌交じりでその場を後にした。 「変わった人だなぁ」  ドアを閉め、再び部屋の奥に戻った私は、座面が少し広めにとられている一人掛けソファに腰を下ろしながらそう呟いた。  それに、去り際に見せたあの笑顔。目尻が優しく下がる感じのあの微笑み方を、最近どこかで目にしたような気がする。 「誰だっけ……。あのキャッチセールスの子……はもっとだらしない感じだったよね」  ソファの背もたれにうんと体重を掛け、大きく伸びをする。  一体誰だったのか、ぼんやりと記憶をたどっている内に、軽い睡魔がまぶたをおろしにかかっているのを感じた。  昨夜はしっかり眠ることができなかったし、電車と車を乗り継いだだけで体力はさほど使っていないとは言え、やはり少し疲れていたのだろう。  私はそのまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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