2:ローマで休日を(4)

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 奥平さんは忘れっぽいのだそうだ。  例えば知り合いと食事の約束をしたとして、普段から親交の深い人ではない、仕事上での顔見知り程度の相手になると、誰と約束したのか顔を見るまで思い出せないことがよくあるのだという。  だから、席は必ず自分の名前でリザーブすることにしているのだとか。店に行ってその人を探したところで見つけられるはずもないし、名前を思い出せないから店員に案内してもらうこともできない、ということらしい。 「ホント困ったちゃんよね~。そんなんでよくトラブルが起きないな、って、主人も呆れてるのよ」  そう言って笑う奥平さんに、そうなんですかー、なんて返事をしながら笑顔を返す。  客室を出てすぐ、声を掛けに部屋に来てくれた奥平さんと出くわした私は、城内を見物するという予定を変更し、こうして奥平さんとの会話を楽しんでいた。……いや、本当に楽しいと思っているからね?  奥平さんはとてもお喋りが好きなようで、食堂へ向かうこの道中、沈黙のいたたまれない空気を心配する暇もないほどたくさん話をしてくれた。こういう人は嫌いじゃないどころか、あれこれ考えすぎて結局何も言えなくなってしまうことの多い私からすれば、こうしてポンポン話せる人はあこがれの対象だったりもする。 「咲葵ちゃんは、今日はおひとりで来たの?」 「えっ、あ、はい。一人です」  さっきまでの話の流れからは予想もつかない質問にちょっと驚きつつ、私はコクリとうなずいた。もういきなり下の名前で呼ばれるのは慣れっこになってしまったらしく、そちらの方はあまり気にならなかった。 「ということは……まあ、そういう判断なのかしらね」 「?」  奥平さんの大きすぎる独り言に思わず反応し、私は彼女の横顔を見つめて首を傾げた。 「じゃあ、同伴者として私があなたのテーブルに着こうかしら」 「……? え、と」 「ね、どう? 女同士、語り合いながら食事を楽しみましょうよ」  一緒にテーブルを囲むのが嫌で即答できなかったのではない。ただ、どういういきさつでその結論が導き出されたのかがよく分からなかっただけだ。 「咲葵ちゃんとお話していると、どんどん話題が出てきちゃうのよね~。意欲を掻き立てられるというか……。もっとたくさんお話したいのよ、私」  奥平さんも私が困惑していることを悟ったのか、少しおちゃらけた様子でそう説明してくれた。  確かに、それは昔からよく言われてきたことだ。私と話しているとどうもみんな秘密を暴露したくなるらしく、皆には内緒だけど咲葵ちゃんだけね、と幾度となくプレッシャーを掛けられてきたことを思い出す。  奥平さんは、とても人懐っこい人だと思う。数時間前にたった二言三言交わしただけでそんな雰囲気は伝わってきたし、今もこうして屈託なく私に話をしてくれる。だけど、いくら何でもそんな理由だけで初対面の私と一緒に食事を、なんて言い出すような人ではない……と、思うのだけれど。 「なーんて、冗談よ。ああ……冗談ではないわね、本当にたくさんおしゃべりしたいって、そう思ってるんだもの。ただね、このお店、玲ちゃんがこだわってることが一つだけあるのよ」 「(玲、()()()……)こだわり、ですか」 「そう。あまり時代にそぐわない妙なこだわりでね。ほら、私オーナーでしょ? そこはガツンと言って、開店前までには廃止にしたいところなんだけど」  そう前置きした奥平さんは、一呼吸おいてから続けた。  このオーベルジュは、おひとり様でのご利用はお断りしている、と。  予約申し込み書に同伴者の名前を書く欄があったのはその為だったのか、と納得しつつ、どうして事前に説明されなかったのかが気になった。  あのキャッチの男の子……清水くんは言い忘れていた可能性が大きいとして、予約確認の電話をくれた暮野さんはそういった類のことは一言も言わなかったし、都倉さんや紫藤さんにしてもそうだ。ここに到着してからそんな話題がのぼったのは今が初めてで、二人から指摘を受けた記憶はない。もし説明があればちゃんとそれに従っただろうし、できないならできないで、多分この話は受けずにおいたのに。  まさか、私が友達付き合いの少ない人物と見透かされていたのだろうか。それを気遣って、敢えて触れないようにしてくれていた……? (まあ、そんなわけないよね)  自分で思いついた有り得ない理論を、自ら一笑に付し葬り去る。  事前に知らされなかった私に落ち度はない……はず。そもそも店の人が何も言わないのだから、別にそれはそれで構わないということなのだろう。 「玲ちゃんの訳の分からないワガママなんだし、気に病むことはないわ。それに、今日のところは私がご一緒するから大丈夫よ」  奥平さんもこうして親切に申し出てくれているのだから、ここはお言葉に甘えておこう。
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