1:悪魔はプラダを着ているか(2)

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 思い出を語る相手がいないという事実は辛いもので、私は毎日のように泣いていた。最低限自分を生かすため以外は、過去の眩しい思い出に浸ってむせび泣くという日々が続き、私はこの先悲しみの渦から出られる術を持たないまま、泣き暮らして死んでいくのだと思った。  だけど、時間というのは誰も何も置き去りにはしない。  私の心をさんざんに痛めつけ続けた孤独の刃は、時の流れと共にゆっくりと切れ味を鈍らせていき、やがて表面を優しくなでるだけの代物へと変化していった。それはまるで波蝕して丸く形を変えたガラスの破片のようで、光を反射して強烈に輝くことも、向こう側の景色を明瞭に透き通らせることもできないけれど、もう触れても血を流すほどの痛みを与えることのない、柔らかくて温もりのある美しさを湛えるものになった。  両親の死がそんな風に形を変えた頃、私はあることに気が付いた。  一人ぼっちというのは、意外と時間を持て余すのだ。  これまでは父や母のことを考えては泣いて過ごしていたけれど、その行為にそこまで情熱を注げる程ではなくなった今、空いた時間をどう使えばいいのか分からなくなってしまっていた。  学生時代に付き合いのあった友人との繋がりはすでに途絶えており、今勤めている会社にも、友達と呼べる人は片手で充分足りる程度、否、指一本あれば事は済んでしまう状況だ。となると、やはり一人でできる楽しい何かを開発する必要がある。  そこで私はガーデニングやDIY、手芸工芸など、流行りものから定番ものまで色々チャレンジした。  初めは、知識と共に世界が少しずつ広がっていく感覚が本当に楽しかったけれど、失敗作ばかりがどんどん生産されていく現実はやっぱり虚しかった。自分にはものづくりの才能がないんだということに気付けただけでも良かったと思う一方で、誰かと話題を共有できなくても、せめて自分の中で密かに誇れるものが一つでも欲しいとも思った。  そのせいなのだろう、私がこうしていつもと違った選択をしたのは。  しばらくの間、暗闇のなか下を向いてとぼとぼ歩いていた人間だから、積極的に明るい道を歩こうとすることに慣れていないために、目が眩んだに違いない。  私は今、乗り込まなければいけなかった電車の後姿を、サラリーマンでごった返す駅のホームにたたずんでぼんやりと見送っていた。
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