1:悪魔はプラダを着ているか(2)

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「あっ、ちょっとそこのおねえさん!」  結局、次に来た普通電車も見送ってしまった私は、会社に電話をして午後から出勤をすることを伝えた。  応対してくれた仲村さんが変な声をあげて驚いていたのは、母の死後、事前の申請をしていた分を除けばまるで機械のように間違いなく九時五時勤務をしてきた私が、何の前触れもなくいきなりフレックスタイム制を使用したからだろう。  だけど、今はちょっとした繁忙週間。この制度を使うには明らかにタイミングを間違っている。きっと嫌な思いをさせるだろうと思っていたのに、驚いた後に了承してくれた彼女の声音はとても優しかった。 「ちょ、ちょっと……、ちょっと待ってってば」  有給休暇にするかと聞かれたけれど、それはさすがに辞退した。  繰り返すようだけど今は忙しい時期で、今日なんかはどちらかと言えば少し早めに出社しておきたいぐらいだったのだ。自分でも理由の見えない気まぐれで午後出勤にしたことを心苦しく思っているのに、休みなんかにしてしまえばきっと向こう半年は自分を責め続けてしまうに違いない。 「あ、あの、すいませ……、あっ、ごめんなさい、ちょっと、そこのOLさーん!」  OLという言葉は、昔、と言うか今も普通に使用されているけれど、最近は”放送するのは望ましくない言葉”として扱っているテレビ局もあるらしい。  OL=オフィスレディ、つまり女はオフィスにいるべきってこと!? 差別差別! なんていう声があるせいだとかなんとか。それならいっそオフィスマンとかいう造語も普及させて、男女は対等であることをアピールしてはどうかな、なんて考えたりもしたけれど、今のところそのアイデアは心の中で温めたまま放置している状態だ。 「頼むから少しゆっくり歩……うわっ!」  急に立ち止まった私の背中に、衝撃を感じた。誰かがぶつかったのだ。 「良かった、聞こえていないのかと思った。あの、」 「ごめんなさい、間に合ってますので!」  私は振り返ることなくそう言い放ち、再び急ぎ足でその場を立ち去ろうとした。
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