1:悪魔はプラダを着ているか(3)

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「えっと……、この同行者っていうのは」  申込書の真ん中辺りの欄を指さしながら、書面から顔を上げて清水くんに尋ねる。良ければお友達もご一緒にどうぞ、的なやつだろうけれど、これが必須項目だったらいけないと考えた上で、一応確認しておこうと思ったのだ。  「相手の都合もあると思うし、今んとこは空欄でいいっすよ。前々日までに直接店の方に連絡すれば対応してくれるらしいですから」  その口ぶりだと、一人ではだめというわけではなさそうだ。念のため、現状たった一人の友人の事を心の片隅に準備していたけれど、自分と違って色々と忙しい身である彼女を引っ張り出さないで済んだことにほっとした。 「……それなら、はい。書けました」 「ありがとうございまーす! じゃ、確認しますね」  申込用紙を渡し、この日何度目かのため息をこっそりついてから、カフェラテの入ったカップに口を付ける。 「えっと……すみません、記載事項に漏れがないか、責任者に連絡させてもらってもいいっすかね」 「ええ、ええ。どうぞ」 「じゃあ失礼して、と」  そう言って清水くんは、スマートフォンを取り出して電話を掛け始めた。  こうしてきちんと責任者に確認を取る辺り、仕事は意外としっかりやっているんだな、と少しばかり感心した矢先。 「……あーもしもし、暮野(くれの)さんすか?一人つかまえ……あ、いや、ご予約をね、承ったんですけど」  捕まえたって言おうとしたよね。私は珍獣か何かか。  むっとしつつも、二口目のカフェラテを味わうべくカップに口をつける。そうしながらも、申込書に記入する前に渡された小冊子にもう一度目を落とした。  そこには、オーベルジュの簡単な紹介が写真付きで載っていた。  西洋の古い様式で建てられたかのようなそのお店は、優雅な佇まいでぽつんと山頂に座している。一言で表現するなら、まさにおとぎ話に出てくるお城そのもので、実際に目の当たりにすればとてもファンタジックな景観なんだろう。  もともとここは展望台に隣接するレストランとして賑わっていたそうなのだけれど、数年前に経営会社の倒産と共に閉店してしまったらしい。その会社には空になったこの建物を解体できるほどの余力もなかったらしく、ずっと閉店当時のままで放置されてきたそうだ。  その内、廃墟マニアが集まる観光地、というほどでもないけれど、密かな話題の場所になっていたらしい。 「すごいなあ……。こんなに綺麗に生まれ変わるなんて」 「え、何か言いました?」  はっとして顔を上げると、すでに電話を終えた様子の清水くんが首をかしげてこちらを見ていた。 「いえ、何でもないです。……で、どうでしたか」 「オールオッケー、問題なしです!」  そう言いながら両手で大きな丸を作り、満面の笑みを向けてくれた。私はその子供っぽい仕草に対して言葉ではなく苦笑いを返しながら、やっぱりこの子はいろいろとダメだと確信した。
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