ニクロムは挨拶をした。

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 そして、記録通りならば、この世界はこの絵本の絵にある通り、緑豊かな美しい星であったはず。植物が豊富で、秋の実りは豊かで、次世代の子供達を担う者達はすこやかに育っていただろうに。 「ちょっと来て、二人とも!」  別の部屋を探索していたらしいアーニャが声を上げた。僕は絵本を床に置くと、彼女の方へと駆け寄っていく。  彼女の手にあったのは、同じく茶色い染みだらけの劣化した書物だ。いや、薄さからして、あれはノートだろうか。 「これ、この場所に避難してきた人の日記だったみたいなの。やっぱりこの地下空間は、RX-55HTENO星人たちの避難シェルターだったみたい」 「やっぱりそうか。……此処にいた人達は?死体も見つからねえみたいだが」 「日記によると、このシェルターも汚染がひどくなって、結局住めなくなってもっと奥のエリアに移動したみたいね。その時死んでいった人達の死体もほとんど持っていったから、このエリアには死体がないみたい。でもシェルターはどこもいっぱいだったから、移動しても入れて貰えるかどうかわからない、きっと自分はもうすぐ死ぬだろうって、ここには書いてあるわ」  はあ、と彼女は深くため息をついた。 「この日記が正しいのなら。この世界は千年前に、酷い戦争を繰り返して自分達の惑星を破壊しつくしてしまったみたいね。本当に、ここの惑星の人間達は馬鹿だったんだわ。やっぱり、滅んで当然じゃないの。せっかくの奇跡の星を、放射能まみれにしてしまうなんて」  ちらり、と彼女は奥の通路を見た。通路の先は見えない。しかし、酷い死臭と腐臭は通路の奥から漂ってきているようだ。――別のシェルターへ向かおうとした人達がどうなったかは、おおよそ想像がついてしまうというものである。  やはり、人は分を弁えて生きるのが正解なのだと悟る。  自分達も気を付けなければいけない。そう再確認したところで、ドノンの腕のアラームが鳴った。どうやら、探索限界時間が来てしまったらしい。悔しいが、入口が沈んでしまう前に脱出しなければいけないので仕方ないことだろう。  ドノンとアーニャが、梯子を上って戻っていこうとする。このまますぐにこの惑星を出発することになりそうだ。梯子を登る直前、僕は一度だけシェルターを振り返った。  どれほど汚れていても、愚かな者達がたくさんいても。この惑星にはかつて、僕達の先祖が住んでいたのである。ならば、一度はこう言っておくべきなのだろう。 「ただいま……地球」  僕達パウリワン星人の先祖、柴犬。  彼等はこの惑星――RX-55HTENOこと地球の人間達と生きていて、少しは幸せな時間もあったのだろうか。  あるいは、アーニャが思い込んでいるように、奴隷にされて苦しむばかりだったのだろうか。  残念ながらそれは、神のみぞ知るところである。
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