ニクロムは挨拶をした。

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 ***  岩場の周辺は、どこまでも続く紫色の泥の海。泥自体が放射能を含んでいるようで、スーツを着ていても触れるのは危険だと判断された。  検知器で測定してみれば、放射能の数値は400グレイをゆうに超えている。この環境下で生命が長く生きるのは非常に難しいと言えるだろう。一体何が起きて、こんな汚染された泥まみれの惑星になってしまったのやらだ。  しかも、この岩場も緩やかに泥の中に沈んでいっているらしい。自分達も、宇宙船が沈んでしまう前に戻らなければなるまい。 「見ろ!」  ドノンが声を上げた。 「これ、ただのマンホールじゃねえぞ」 「ほんとだ……!」  地面の一角に、鉄の丸い蓋のようなものが埋め込まれている。手をかければ、ぱかり、と開いて下へ続く梯子が現れた。ひょっとしたら、生き残った人々はこの地下空間に避難していたのではないか。僕達は頷き合うと、一人ずつ地下道へ降りてみることにしたのだった。  だが、梯子を降りていけばいくほど、僕達はヘルメットごしでもわかるほど異様な臭いを感知することになる。何かが腐って、ガスを放出した時に出る臭いだ。これは、生き残りがいるかもしれない、なんて望みは捨てた方がいいだろう。  円形の広場へ降りて、目の前にあるさび付いたドアをこじ開ける。ここは、目算で地上から30メートル以上降りたエリアだ。電気が通っていないようで真っ暗だったが、僕達が持ち込んだライトでどうにか周囲を照らし出すおとができた。灰色の通路が真っすぐ延びており、左右にはいくつも扉があった。  扉にはいくつか文字が書かれているが、生憎この惑星の言葉は僕達にはわからない。パウリワン星人の先祖ならば、多少読めたかもしれないが。  試しに一番手前の、左側のドアを開けてみた。そこにあったのは、黄色、緑、ピンク、赤――カラフルな壁に、カビだらけの本とおもちゃが散らばっている部屋である。壁もあちこち劣化していて、描かれていた動物の絵らしきものも判別がつかなくなってしまっていた。  僕は試しに落ちていた大きな絵本を拾い上げてみる。  それは、スイッチを押すと音楽が流れる仕掛け絵本らしかった。当然、今はスイッチを押しても音なんて鳴らないが、それでも微かに文字が残ってはいる。   『う●×おい■ ●のやま  ■ぶなつ×し か×か●  ゆ●■ ×まも ●ぐりて  わ×れが●き ふ■×と  ×かにいま● ■ち×は  ●つがなしや と×がき  あ■●に ■ぜに ××ても  おも×いづる ■●×と』 ――……この世界の、昔の言葉なんだろうけど。駄目だ、あちこち劣化しまくってるし、全然読めないや。  これは、子供向けの絵本だったのだろう。緑色の山を背に、田んぼのあぜ道を駆けまわる小さな子供達の絵が描かれている。それを優しい顔で見るおじいさんおばあさん。みんな、記録に残っているこの惑星の住人達の姿だ。
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