File No.10 重力と圧力

1/1
前へ
/14ページ
次へ

File No.10 重力と圧力

 僕は慌てふためいて、もう竜崎の腕を掴むばかりに迫ってしまった。 「お、落ち着け。藍。いや、なんでもないことなんだよ」 「なんでもないって。ま、まさか噂になってたのか?」  僕は誰にも話せない。なんて思って小さくなっていたのに、当の周りは気付いていた? 僕が塩谷教授に迫られてたってみんな知ってたのか? 嫌すぎるよ! 「違う違う。あのな。とにかく落ち着け」  両肩に竜崎の大きな手が乗っかった。膝立ちしていた僕をゆっくり押す。間近にある竜崎の彫りの深い顔にハッとして、僕は重力と圧力に従うようにして座布団に収まった。 「新年度始まってから、ずっと様子がおかしかったろ? 成績は大丈夫だったって言うから、実家でなにかあったのかとも思ってた」  実家の話も竜崎にはあまり話してなかった。ただ、長期休みにも正月にも帰らない僕が、実家とうまくいってないのは一目瞭然だ。  それについて突っ込むことすらなかったのだから、推して知ってたんだと僕は思っている。 「でも、さっきのメール。申し訳ない。送信者の名前、塩ってのが見えたんだ」 「あ、ああ。そうなんだ。でも、塩……だけで?」  僕がビビってたのはわかったんだろうな。でも塩からあの教授にいくだろうか。竜崎は教授の授業を受けたことはないはずだ。 「俺、藍には黙ってたけど、塩谷教授に話しかけられたことがあってな」 「え! なんて。なにか言われたの?」  なんだと。あのセクハラ教授、竜崎になにを言ったんだ。どうせ失礼なことだろうけど、許さん! 「うーん。まあ、なんていうか。大したことじゃないんだけど、タイミングがさ。いつも藍と一緒にいた後すぐに話しかけてきたんだよ。香水かなんかプンプンさせて」  竜崎が言うには、僕と話をして別れたすぐ後に、2回ほど声をかけられたと。内容は取るに足らないことで、専攻はなんだとか、がっしりしてるけどどこのジムに通っているのかとか、そんなことだったらしい。 「けど、2度もあるとね。あいつ、藍のことを付けてんじゃないかと疑っててさ。俺とはどのくらい親しいのか知りたかったんじゃないかって思ってたんだよ」  それから竜崎は、塩谷教授の授業を取ってる友人にそれとなく探りを入れたらしい。 「正直、あまりいい話はなかった。筆記試験はなくてレポートにしてるのも、その出来よりも好き嫌いで点数を付けられるからだって言うヤツもいた。だから成績のことも聞いたんだよ。もしかして逆恨みで単位落とされたんじゃないかと思って」  ああ。そうだったのか。竜崎はずっと僕が落ち込んでいるのを気に病んでいてくれたんだ。教授に変な目で見られたにも関わらず、僕なんかのために色々探ってくれたりして。 「迷惑かけてたんだね。本当にごめん。それに色々動いてくれて、ありがとう」 「そんなことはいいんだ。で、塩谷、藍になんて言ってきたんだ。単位は問題ないみたいだが、なにかされたのか?」  今度は竜崎が気色ばんできた。胡坐のままグイグイ前に出てきて僕との距離を詰めてくる。  ――――もう、隠すのは無理かも。  僕は覚悟を決めて、今までのことを話し始めた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加