File No.12 事件の始まり

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File No.12 事件の始まり

 土曜日がやってきた。竜崎は約束通り僕のバイト先にやってきた。時間になり、二人で教授のいる研究棟に向かう。 「いいか。入る時に録音ボタン押すの忘れるな」 「うん。わかってる」  前回も録音しておけばよかった。これはずっと僕が後悔してたことだ。 「それからこれは念のためにボイスレコーダー。鞄に隠しておくんだ。俺のスマートフォンでももちろん録音するが、俺が助けに入るまではおまえのが頼りだからな」  竜崎が一緒にいっても、入った途端追い出される可能性があった。だから、竜崎は教授の部屋には入らず、隣のゼミ生たちの扉に隠れることにしている。  そこでやばくなったら駆け込む手筈だ。録音だけじゃなく、録画してその場を抑える。 「言いなりにならなくていいからな。抵抗すればするほど、あいつは無理難題を押し付け、藍を脅迫してくるはずだ。それを録音出来れば恐れることはない」 「うまくいくかな……」 「心配するな。俺が扉のとこにいる。いざとなったら助けに入る」  竜崎は僕の目をじっと見つめてそう言った。心強い。竜崎といればなんの不安もない。僕は強く首を縦に振った。 「塩谷教授、失礼します」  5月の連休が迫る葉桜の頃。僕と竜崎は塩谷教授の研究室の扉を開く。思った通り、前回と同じくゼミ室は無人だ。助手の土屋さんの姿も見えない。  教授がなにかの理由をつけて帰らせたに違いない。僕はごくりと唾を呑んだ。 「返事がないな」  竜崎が部屋の電気をつけながら小声で呟いた。確かになにも反応がなかった。まあ、聞こえなかったのかもしれない。  僕は教授の私室になっている奥の部屋に向かった。その扉の前で竜崎と目で合図し、僕は再びノックする。 「教授、美山です」  だが、どういうわけか今度も返事がなかった。僕らは顔を見合わす。2度、3度、声をかけてみたがやはり返事はなかった。 「なんだ。拍子抜けだな。教授、日にち間違えたのか」 「そんなはずはないよ……ついさっき、メール来てたから……」  竜崎がムッとするのがわかった。僕もウンザリしたけど本当のことだから仕方ない。 「あ、でもドアは開いてるな」  このまま踵を返しても良かった。けど、せっかくボイスレコーダーまで準備して挑んだんだ。怖いくせに、ケリを付けて終わりにしたい気持ちが勝っていた。竜崎も次は付き合ってくれないかもしれない。  僕はそっとドアを開けた。竜崎はドアに身を顰め、顔だけそっと覗かした。部屋の中に、ドアを開けた分だけ光が届く。 「こっちも電気ついてないや。やっぱり誰もいな……」  だが、応接テーブルの下に光が当たったとき、何か黒いものが、そこにはないはずの黒い影に僕は気が付いた。 「藍!」  竜崎がドア横の電気をつけた。一瞬で部屋全体が眼前に映し出される。いつも通りの、先回来たときと同じレイアウト。でも僕は、その中で全くの異彩を放っている物体から目が離せなかった。 「きょ……教授?」  テーブルの横に覗いていたのは、洒落たスニーカーと濃紺のボトムスを穿いた両脚だった。視線をずらすと、白いシャツの真ん中に真っ赤な丸が日の丸のように一つ。 「藍、隣の内線で警備室に連絡しろ! 警察には俺が電話する!」  すぐ後ろで竜崎が叫んだ。竜崎はあっという間に僕を追い越し、教授のそばに寄った。 「きゅ、救急車は……?」  ゆっくりと腰を落とすと、竜崎は長い指を2本、首筋にあてた。 「その必要はない」  両脚の膝が震えている。受け入れがたい事実だが、塩谷教授は間違いなく殺されていた。
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