File No.4 セクハラ

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File No.4 セクハラ

 無事にレポートを出し終え、その時は教授とも会わずに済んだのでホッと胸を撫でおろしていた。そして長い春休みの突入。僕はいつものことながら帰省もせずにバイト中心の日々を過ごした。  竜崎とは会えないとわかっていたのでやっぱり寂しい。時々スマホに送られてくるメッセージに返信するのが唯一の繋がりだった。 「美山君、君のレポートだけど、ちょっとこれはまずいんじゃないかな」  ところが、二週間後には新年度が始まるという3月半ば。突然僕は、塩谷教授に事務局を通じて呼び出された。  嫌な予感を抱えながら、彼の研究室に。僕を待ち受けていた教授は開口一番そう言った。  研究室は二部屋続きになっていて、最初の部屋はゼミ生たちが研究や実験、模型を作成する広い部屋。奥は教授の私室みたいになっていて、大きな天板の立派なデスクの前には革張りの応接セットが置かれている。  教授はいつものようにそのソファーに座っていた。 「まずいと言いますと。どういうことでしょうか」  そんな酷い出来だったろうか。塩谷教授のレポートは点数が甘いとは聞いていたが、それでも進級がかかっているのだ。そんな下手なものは出せない。と僕は思い、十分に練って作成したつもり。  都市計画での防犯工学について調査、実験して出したレポートだ。 「どういうことって……。これ、生成AIの作品でしょ? 受け取れないよ」 「は……? まさか、いや、有り得ないです」  チャットGPIに代表されるAIにより作成されたレポート。昨今、大学でも問題になっている。それを僕がレポート作成に使ったというのだ。 「僕はレポート作成においてAIは使っていません。そんなこと絶対してないです」  あまりの濡れ衣にさすがの僕も憤然とした。いや、それよりも疑われることに狼狽えてしまった。なんでそんなことになっているのか。 「でもねえ。君と同じようなレポートを出した子がいてね。その子は使ったって正直に言ったよ?」 「冗談じゃないです。偶然としても考えられない」  今回のテーマは独自のものだ。それも相当斜めから見てる。同じようなレポートとかも信じられない。  ――――もしかして、これは教授の出鱈目なんでは。 「そう怒ってこられてもね」 「その、塩谷教授……どの部分がAIと被っていたのでしょう」  冷静になれ、と僕は自分に言い聞かせる。だが、怒りと疑念は振り落とせなかった。僕にしてはかなり不満げな言い方になってしまった。 「なんだ君は。私の言うことを疑ってるのかい?」 「そ、そういうわけでは……」  いや、そういうわけだよ。本当のところはめっちゃ疑ってる。 「まあ、書き直してもらえれば、私も考えるよ。そんなところに突っ立ってないで、こっちに座り給え」  春休みだからか、前の部屋には誰もいなかった。いつもいる助手の土屋さんも。僕は自分を落ち着かせるためにも座ったほうがいいのかと、とても嫌だったけど、教授の目の前に座った。ペイズリー柄のシャツがピチピチなのは、筋肉を見せたいからだろうか。 「いや、そっちじゃない。一緒に君のレポートを見ようじゃないか」  応接テーブルに置いていたノートパソコンを開く。そして、自分の隣に座るように手招いてきた。  もちろん僕は躊躇った。教授のオーデコロンがもう鼻を突いてくる。なのにもっと近距離に来いと言われている。 「あれ? 君、大丈夫かな。これ通らないと、3年生になれないよ?」  そんなはずはない。わかっているのに、僕はそのキラリと意地悪く光る目に逆らえなかった。
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