プロローグ 事件の始まり

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プロローグ 事件の始まり

 大学3年生になったばかりの葉桜の頃。僕は順風満帆とまではいかないまでも、それなりに充実したキャンパスライフを過ごしていた。そう、少なくともこの日までは。 「(らん)、隣の部屋から内線で警備に連絡しろ。警察には俺が電話する」  声も出せず立ち尽くす僕のすぐ横で、バスドラムのような声が響く。まるで時間が止まったようだった僕の脳回路は、友人、竜崎(りゅうざき)の落ち着いた声で再び現実世界に引き戻され全身を震わせた。 「きゅ、救急車は」  僕らは理工学部都市工学科の塩谷教授の部屋にいた。僕が教授に呼ばれ、竜崎が付き合ってくれたのだ。ある理由のために……。 「その必要はない」  竜崎は長い脚をふんだんに伸ばし大股で僕の横を通り過ぎた。そこには塩谷教授が天井に顔を向けて倒れている。その首筋に二本の長い指をあて、冷たくそう言った。  胸に大きなナイフか包丁みたいなのが刺さっている。白いシャツは日の丸みたいに真っ赤な円を描いているけれど、ナイフが蓋になっているのか床を汚すことはなかった。  ずれた眼鏡の下の二重瞼は天井を睨みつけている。首筋で脈を見なくても息をしていないのは一目瞭然だった。 「はい、そうです。こちらは中央東京大学の神田キャンパスです」  竜崎はもう警察に電話している。僕はまた我に返り、竜崎に言われたことを全うしようと駆けだした。  ――――一体、なにがどうなってるんだ。竜崎のおかげで、なんとかこの部屋に向かうことができたというのに! 「あ、あの、すぐ来てください。教授が……大変なことにっ。え、三階の塩谷研究室です」  震える指で内線番号を押し、僕は警備室を呼び出した。脳内はパニック中、舌も縺れ、自分でも何言ってるのかわからない。  僕の平穏な学生生活を予想だにしない騒がしくも刺激的な日々に変えた瞬間。教授の死体の発見が事件の始まりだった。
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