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きょう、おねえちゃんがゲームをかってきてくれた。
“モンスターカート”っていうゲームで、かわいいモンスターがくるまにのってきょうそうするゲームだ。
まえからほしかったゲームだけど、おとうさんとおかあさんが、「ようすけにはまだはやい」っていって、ずっとかってくれなかった。
でも、きょう、おねえちゃんがかってきてくれた。
たんじょうびでもないし、クリスマスでもないのに、かってきてくれた。
おねえちゃんは「ようすけがいつもいいこにしてるからかってきたんだよ」といってくれた。
「ようすけがこれからもずっといいこにしてるんだったら、いまからおねえちゃんといっしょにやろう」といってくれた。
ぼくはおおよろこびで、「うん、いいこにする!!」といった。
おねえちゃんはにっこりとわらった。
おねえちゃんが、ゲームをテレビにつなげて、でんげんをいれて、コントローラーをわたしてくれた。
ゲームはとてもむずかしかった。
ぼくはおもってるとおりにはしれず、すぐにみちからはずれちゃった。
それでもなんとかゴールまではしれるようになったので、こんどはおねえちゃんときょうそうした。
おねえちゃんはうまかった。
ぼくみたいにみちからはずれたりしないので、あっというまにゴールしちゃう。
ぼくはようちえんで、おねえちゃんはこーこーせーだから、ぼくがまけてもしかたないけど、やっぱりぼくはくやしかった。
まけるたびに、ぼくは、「もういっかい!!」といった。
おねえちゃんは「はいはい、もういっかいね」といってゲームをつづけてくれた。
でも、なんじゅっかいもやったあと、おねえちゃんはおとうさんといっしょにでかけちゃった。
ぼくはおねえちゃんともっとゲームがしたいのに。
おねえちゃん、はやくかえってこないかな……
人生の転機というものは、突然やってくるものだ。
私たちにも、その転機は突然やってきた。
私の前にはお父さんとお母さんが座っている。
陽介が寝たあと、突然リビングに呼び出された。
内容は薄々予想していたが、案の定だった。
「陽介はまだ小さいから、二人で話し合って、お母さんのほうで引き取ることに決めたの。でも、加奈子はもうすぐ18歳だし、自分で判断してもらったほうがいいと思って……」
お父さんもお母さんも、私に目を合わせそうで合わせない。
そりゃそうだ。
色々事情があるとはいえ、この事態は、親が子に対して気まずいことこの上ない。
私はため息をついて考えた。
正直言って、お父さんよりお母さんの方が話しやすい。
それに、お母さんの方に行けば、陽介とも離れずに済む。
でも……
私はお父さんの方を見た。
やはり私とは目を合わせられずにいる。
たぶん、私はお母さんの方に行くと、お父さんは思っているだろう。
お父さんは仕事一辺倒の人で、ほとんど家にいない。
いつも朝は早いし、夜も遅いし、休日出勤も多い。
これで、子どもの私たちにも全く頓着しない人だったら、話は簡単なのだが、お父さんは少ない休日の時間を惜しまず私と陽介に使ってくれた。
少ない時間の中でも、たくさん愛情をくれた。
だから、私はお父さんのことが、お母さんと同じくらい好きだ。
お父さんがどんなに家庭にいる時間が少なくても、私たち家族はつながっている。
そう思っていた。
だが、お父さんとお母さんの間はそうはいかなかったらしい。
私はもう一度ため息ついて、私の結論を伝えた。
「私、お父さんのほうについていくよ」
二人は、私の答えが思いもしなかったものであったらしく目を丸くしている。
「お父さんを一人にするの、危なかっしくてしょうがないでしょ」
私はそう言ってにっこり笑った。
「お父さん、家でほとんどご飯を食べないじゃん。どうせ朝は食べてないし、昼も夜もコンビニでしょ。今も大概だけど、こんな人が一人暮らしになったら、いよいよ寿命を縮めかねないよ。だから、私が結婚するまでは一緒にいてあげる」
二人は、私の結論に何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。
このまま家族4人が一緒に居続けることができれば、それが一番いいけれど、夫婦二人の理由でそれはできない。
そんな中で、娘が娘なりに考えて、家族を想って出した結論に、口のだしようがなかったのだろう。
それから、1ヶ月ほどの間にいろんな準備が進んだ。
今住んでいる家にはお母さんと陽介が残ることになり、お父さんと私はお父さんの会社の近くのアパートに引っ越すことになった。
そして、引っ越しの日がやってきた。
陽介には何も伝えてない。
陽介はまだ小さい。
たぶん、お父さんと私がいない生活にもすぐに慣れるだろう。
部屋の荷物は事前にまとめてあるが、引っ越しの業者さんが荷物を運び出す間、陽介の気をそらさなければならない。
私は、陽介がずっと前からやりたがっていた“モンスターカート”というゲームを買ってきて、リビングのテレビでゲームを始めた。
陽介にはまだ早いとは思っていたが、案の定、コースアウトしまくっていた。
それでもなんとかゴールまで辿り着けるようになったので、今度は二人で対戦モードをやることにした。
どんなに手加減しても、どうしても私が勝ってしまう。
陽介は負けじと「もう一回!!」と挑んでくる。
私は歳の離れた陽介が可愛くて仕方がない……
こんなふうにこれからも陽介と一緒に遊ぶことができれば……
どんなに楽しいだろう……
どんなに幸せだろう……
そんなことを思いながら、時間は刻々と過ぎていった。
荷物の運び出しが終わり、お父さんがリビングに入ってきて、私に目で合図をした。
ちょうど、陽介が「もう一回!!」とまた挑んできたところだった。
私は泣き出しそうになるのを必死に堪えながらこう言った。
「あと一回だけだよ……」
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