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「いい?」
「うん」
「せーの!」
夏希の合図に僕は自転車を漕ぐスピードを緩めると、その食べ物の名前を口にだす。
「やきいも!」
「焼き芋!」
僕が顔を少しうしろに向けると、夏希が声を上げて笑っている。思わず僕も夏希の笑顔に見惚れながら久しぶりに声を出して笑った。
おいしかった思い出の食べ物が同じというだけで僕の心の中は優しくてあたたかくなる。
ひとしきり笑い合ったあと、僕はペダルを漕ぎながら、このままずっと目的地に着かなければいいのになんて思っていたことは夏希には内緒だ。
「着いた」
「ありがと」
僕は夏希が後ろから降りるのを確認してから喫茶店“本の虫”の入り口横に自転車を停めた。
「ひさしぶりだな~」
「僕も」
「え、そうなの」
「うん」
ここ喫茶店“本の虫”は僕らの行きつけの喫茶店だったのだが、店名通り、マスターが昔、小説家を目指していたとかで店内のいたるところに本棚が設置してあり、置いてある本は自由に読むことができる。
小説家を目指していた僕は本好きの夏希に教えてもらい、この喫茶店に足を運ぶようになったが、夏希が死んでからは一度も来たことがなかった。
ここに来ると嫌でも思い出してしまうからだ。夢も。夏希も。そして楽しかった日々も。
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