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「実家の会社、継ぐことにしたの?」
「うん、まぁ。一人っ子だし。長男だし」
「そうなんだ。でも別に書くことは続けられるでしょ? 私、理一の書く小説好きだよ」
うまく話の矛先を変えたはずがまた戻ってくる。
「もういいじゃん、この話は」
「良くないよっ」
夏希にしては珍しく語気を強めた言い方に僕は心臓がどきんとした。
「諦めて欲しくない。私知ってるもん、理一が小説書くの好きなこと……それに嘘ついてることも……」
「別に嘘なんて……」
「……ごめんね」
「え?」
見れば夏希の綺麗な目にはうっすらと涙が滲んでいる。
「え……っ、ごめん、えっと俺……」
僕は突然の夏希の涙に酷く狼狽する。
「理一は全然悪くない。私が悪いんだよ。私が……死んじゃったから……っ」
夏希の目からゆっくりと涙の粒が落下してテーブルの上に丸くシミを作った。
「夏希……」
咄嗟にポケットを探るがポケットには財布と小説が入ってるだけ。
「ごめん、ハンカチなくて。あと……やっぱり僕こそごめん」
僕はそういうと増えていくテーブルの丸い涙のシミを見つめた。夏希は僕が小説を書かなくなった理由をきっと察してる。
「ずっと……理一を応援するって言ったのに……」
「……僕こそ……ごめん……ずっとごめん」
「理一が謝ることないよ」
「ううん。だってあの日……僕が……」
「違う。理一のせいじゃない!」
夏希が顔をぶんぶんと振ると頬につたう涙を手のひらで拭った。
「僕のせいだよ……だって……っ」
あの日──夏希が死んだ日。僕と夏希はいつものように近所の図書館に行っていた。
僕がスマホで調べものをしながら小説を書いてる隣で夏希は新刊の恋愛小説の本を読んでいた。
いつもの光景だった。何ひとつ疑っていなかった。夏希のいる日々が当たり前すぎて。僕の隣から夏希がいなくなるなんて頭の片隅にもなかった。
図書館にきて一時間ほどたったときだった。
僕は窓の外に雨がぽつりぽつりと降り出してきたのを見て、夏希に先に帰るよう言ったのだ。
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