95人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は彼女と会えなくなってから小説を書くことをやめた。やめたというより書けなくなった。
僕が小説を書いていたのは純粋に楽しかったからというのもあるが、同じく本好きの夏希が僕の拙い小説をいつも目を輝かせて読んでくれていたからだ。
元々自分のために何かをするよりも誰かのために何かをする方が性に合っている僕は、二年前から時間が止まってしまった。前にも後ろにも進めなくてただ同じ場所で佇んでひたすた目に見えない何かに抗っている。そんなモヤモヤとした気持ちがいつも心の棲みついて離れなくていつだって苦しかった。
開いたままの本を見つめていれば目の奥が熱くなってくる。
どうしようもなく彼女に会いたくなってくる。
「なんで……っ、なんで黙っていなくなんだよっ」
──りーちっ
(!!)
僕は小さく身体を震わせると本から勢いよく視線を上げた。
「え? ……いま……」
聞こえてきたのはすぐ近くではなく僕から少しだけ距離がある後方からだ。僕はすぐに後ろを振り返るが、誰も居ない。
(夏希……の声に似てたけど)
今日は夏希の命日だ。
夏希は二年前の今日、川でおぼれた小さな子を助けたことと引き換えに命を落としこの世を去った。
(いない。やっぱ気のせい……だよな)
僕はあたりをキョロキョロと見渡すが見えるのは揺らめく川面と照り付ける太陽だけ。
その時だった──。
最初のコメントを投稿しよう!