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※※
僕が自転車にまたがると、ふわりと風が吹いて夏希の甘い髪の匂いが鼻を掠める。たったそれだけのことなのに僕の心臓はとくんと大きく跳ねた。
「乗っていい?」
「うん」
僕が返事をすると、自転車の後輪が少し沈んで僕の肩にひんやりとした感触が触れた。
その生身の人間らしからぬ手のひらの温度にやっぱり夏希が幽霊なんだと思い知らされるが、それよりも夏希と久しぶりの二人乗りに僕の心は騒がしくなる。
「理一のうしろとか久しぶり」
夏希の声が背中ごしに聞こえてきて僕は顔だけ夏希の方に向けた。
「あー、えっとさ。いつも言ってるけどさ、肩じゃなくて腰にしてよ、落っこちたらいけないから」
そこまで言った僕に夏希がいたずらっ子のように笑う。
「安心して私は幽霊よっ。落っこちたりしないって」
「あ……えっと。それはそうかもなんだけど……うーん。幽霊の痛覚ってどうなってんの?」
夏希はおおきな目を更に大きくしてから、クスっと笑った。
「確かにね。まだ転んでないからわかんないけど~、痛くないんじゃない?」
「わかんないならやっばり……」
「やだ。だって理一にしがみついたら景色見えないし理一とだって喋りづらいもん」
「いやでも……」
「ほらほら、出発進行ー」
夏希は人差し指で前を指さしながら明るい声でそう言い放つ。
(やれやれ)
僕は相変わらずのマイペースで言い出したらきかない夏希に心の中で肩をすくめながらも、全然嫌じゃなかった。
またこんな日がくると思ってなかったから。
「落ちんなよ」
僕はいつものようにぶっきらぼうにそう言うと自転車のペダルをぐっと踏みしめた。
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