ep1.猫を被っていた桐生課長

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ep1.猫を被っていた桐生課長

「……え?」 それは本当に偶然。 仕事で滅多に外に行くことはない。今や通販サイトで企業の消耗品も潤う時代だ。 そんな中、たまたま切らしていた来客用のお茶を買いに出た時だった。 消耗品担当は自分では無かったし、自分が行かなければならない事でもなかった。 ただ消耗品担当の人が電話にかかっていて、来客準備をしていた人がお茶が無いと慌てていて、たまたま仕事がひと段落した自分が名乗り出た。そんな偶然が重なっての外出だった。 そうして無事にお茶を買った後、自分は信じられない光景をを目の当たりにする。 道を挟んだ向こうに、なんと楽しそうに女性と談笑する彼氏が見えるではないか。悲しいことに見間違いという線はない。だって穴が開く程見た。あっちはそんな視線に気が付いちゃいないけれど。 しかし決めつけてはいけない。どんなに仲睦まじく、明らかに恋人デートのような雰囲気を出していたって、兄妹や従妹の線も考えられなくはない。兄妹、従妹とは絶対手を繋がないと思うけど。 スマホを取り出して、男に電話を掛けてみる。そうして気が付いた男はズボンのポケットからスマホを取り出した。その時点で間違いなく彼氏だという事が確定する。 自分からというのが分かったのか、男は画面を見た後、電話を取ることなくまたズボンのポケットへといれたのだ。これで男の黒が確定した。 『今までありがとうございました。彼女とお幸せに』 たったそれだけを送って、メッセージアプリはブロックして、番号は拒否して削除した。呆気ない終わりである。 彼氏であった男とはマッチングアプリで知り合った。メッセージのやり取りをした後、三回遊んで告白をされる。こんなもんなのかと疑問に思いつつも、悪い人では無いため了承した。 そうして付き合ってちょうど三か月。まさかお別れになるとは。 (今度は上手くいくと思ったのになぁ) 残念ながら悲しくはない。しいて言えばまた最初からか、という喪失感。 面倒臭いと思う時点で、自分にはもう向いてないのかもしれない。 「戻りました」 そうしてお茶を補充して、もういらっしゃっている来客にお茶を出して、何事もなかったかのように業務へ戻る。 退勤時間になれば今日も一日終わったと、仕事の終わりを小さく喜ぶだけだった。
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