三人目

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 そこまで思い出したソラには、もうその場にとどまっていられるような意地も意志も残されていなかった。目の前で一つの彫刻作品みたいに絡み合っているユウとイズミを押しのけて、玄関から外に飛び出す。  「ソラ!」  ユウの声が背中を追いかけてきた。それでも、ソラはとまれなかった。  また、行く当てがなくなってしまう。無茶苦茶に走りながら、他人事みたいにぽかんと、ソラは思った。また、行く当ても帰る場所もなくなって、路上に蹲って眠るしかなくなった。もう、ずぶ濡れになったソラを拾い上げて切れる、ユウみたいに奇特な人に巡り合うこともないだろう。  あの生活は、イレギュラー。  ソラは、足を止められないまま自分に言い聞かせた。ちょっと幸せに近づいたからって、あの生活が当たり前だと思ってはいけない。ユウだって、いつまでもソラを置いておくつもりではなかっただろう。だから、ちょっと早めに夢が終わっただけ。  走って、走って、走って、散々走って、喉の奥から血の味が込み上げてきて、ソラはようやく走るのをやめた。そのままの勢いで、白く乾いた地面に倒れ込む。自分がどこにいるかも分からなかった。目の前にはソラの背丈ほども草が生い茂った河原が広がっていて、辺りを見回しても人っ子一人見当たらない。  いいところに来たかもしれない。  ソラはそう思ってぜいぜいと喉を喘がせた。  このままここに倒れていたら、多分数時間しないうちに体の水分が干上がって、死ねる。  ぎゅっと目を閉じ、ばくばくと痛む心臓のあたりをきつく握りしめた。  突然現れて、ユウを痛めつけたイズミが憎いとは思わなかった。ただ、羨ましいと思ったのは確かだ。あの男は、ユウのことをよく知っていた。数週間を共に暮らしただけのソラが知らないことを、いくらでも。それは、素直に羨ましかった。  標本にされた蝶々みたいに壁際に抑え込まれていたユウの姿が頭を過ぎる。 中にいて、と、彼は何度も言った。ソラには見られたくないこと、とも。  それは多分、ユウの思いやりだった。ユウは、ソラに残酷ななにかを見せまいとしてくれた。でも、ソラは見たかったのだ。切り離されたくは、なかったのだ。ユウの、全てから。切り離された方が幸せなこともあるとは、分かる。分からないほど、ソラの幼くはない。かつて、切り離せなかった結果、母親はおかしくなった。それも、分かっている。でも、それでも、自分を拾ってくれた優しい人から、もうわずかだって遠ざけられたくはなかったのだ。
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