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 せっかくなので、この地域で有名な観光地を巡ろう。そこには人が多く集まっているものだ。どこの国であろうと。  そして必ず、音楽がある。旅人や現地人の奏でる旋律(メロディ)がある。  各国各地、それぞれでしか聴くことができない旋律(メロディ)が。 「とりあえず、中心地に行くか」  適当に広場へ目標を定めて、コートに袖を通した。  そんな私の視界を横切った黒。  窓の向こう。ギターを握り締めて駆けていくその姿が、どうしてだか気になった。 「なんだ?」  気には留めたものの、私はすぐに頭の隅にそれを追いやった。  考えたところで、私が知ることはできない。  早速とばかりに店を出て、広場へと歩いて行く。  時折流れてくる旋律(メロディ)に心躍らせながら、私の音楽が頭の中に流れるのを口ずさみ、歩いた。 「おー、やってるやってる」  予想通り、広場には演者(パフォーマー)独奏者(ソリスト)たちの作り出す(サウンド)旋律(メロディ)になって溢れていた。色とりどりのカラフルな彼らの魂が音符(ノート)となって、広場を埋め尽くす。  音楽家(ミュージシャン)の演奏から生まれるそれらは、嘘偽りのない音楽の魂そのもの。私たち音楽家(ミュージシャン)に必要不可欠と言われているものだ。  そのカラフルな魂は、アニマと呼ばれている。アニマとは、音符(ノート)の形をした音楽家(ミュージシャン)の魂だ。そのアニマを生み出せる者が、この世界では音楽家(ミュージシャン)だと周りに認めてもらえる。  つまり、アニマはステータスになるのだ。  演奏時に生み出されるアニマの数が多いほど、大きいほど、そして輝くほど、支持される。  世の音楽界では、アニマで地位が決まる。それほどにアニマは重要視されている。  まあ、個人的にはそんなものに興味はないけれど。だって楽しければ、それでいい。  アニマはあくまでも演奏や歌唱の実力が音符(ノート)として視覚化されているもの。  その場の雰囲気を読んだパフォーマンス力、相手と合わせた時の機微、観客の盛り上がりなど、目に見えないものが演奏や歌唱にはたくさんある。  もちろん、実力があってこそのものだとは思うが、アニマだけでは測れないものもある。  その辺りを無視してはいけないと思うのだ。  とはいえ、目で見てわかるものというのは、やはり評価基準として強いのも致し方ないとは思う。  昔ほど固執されなくなったが、やはりアニマは根強く意識されていた。  私も昔はアニマに囚われていたので、その気持ちはとてもよくわかるのだ。  そんな私はしばらく観客の一人となっていたが、やがて疼いた心が暴れ出した。  人の演奏を見ているだけだなんて、そんなことができるわけがない。
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