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やくざをレンタルできるんだってよ①
「やくざをレンタルできるんだってよ」
中学校の物置に隠れていて冗談としか思えない、その言葉を耳にした。
「まさか」と笑いながらも、家に帰って調べると、ネットで「やくざをレンタルします」とポップな広告が目についたもので。
ただ、広告やホームページの内容を見ただけでは信用ならず。
利用者の経験談や評価、その実態を取材した人の記事を読み漁ったところ。
世は不景気が長くつづき、おまけに少子化とあって、裏社会でも経営がくるしく、人手不足で困っているらしい。
そこで、打開策の一つとして、新たにはじめた商売が「レンタルやくざ」。
やくざの強面やならではのノウハウを活かし、法を犯さない形で一般人のお手伝いをするというもの。
たとえば、別れた彼氏につきまとわれて困っている女の人が、レンタルやくざに新しい彼氏のふりをしてもらうとか。
近所のトラブルメーカーやゴミ屋敷の住人など、まともに言葉が通じない相手と話しあう際、立ちあってもらうとか。
ボディーガードなど、警備関連も請け負うし「なんでも屋」的にペットの散歩などの家の雑務も引き受けてくれるという。
「ペットの散歩」もなんて、もうプライドもくそもないほど追いつめられているんだな・・・。
事情を知り同情をしたほどだが、とはいえレンタルやくざは、なんでも云うことを聞くわけではない。
一つだけ絶対条件があり、それが派遣したやくざに法を犯させないこと。
警察の目がきびしいこともあり、へたに揉めて成長が期待できる新規事業をつぶされたくないのだろう。
犯罪に加担させるのはもってのほか「相手をこらしめて」の類の依頼もタブーだし、防衛のためにかるく脅しはしても弱い者いじめには協力しない。
などなど、禁止事項はたくさん。
それを違反しないかどうか、依頼人がレンタルやくざを悪用しないか否か、見極めるのための審査は厳しいとのこと。
やくざのほうが、そうして抜かりなく予防線を張っているので、さほどトラブルは起きず、依頼人の満足度は高い。
特殊なレンタルとあり、料金は高いものの、ぼくは「お金だけ」には困っていないので。
ただ、子供の依頼にはなかなか応じてれず、聞きいれてくれたのは一件だけ。
長くメールでやりとりをして、やっと折りあいがつき、今日は派遣されるやくざとの初顔合わせ。
待ちあわせ場所のコンビニに行くと、五分前にすでに待っていて、ぼくを見かけたら「どうも、レンタルやくざの熊切だ、よろしく」をしゃがみこんで笑いかけた。
名のとおり、熊のように巨大で筋肉もりのりの体つき。
Tシャツにジーンズとラフな格好をして懐こく笑っているとはいえ、ただならぬ凄みが滲みでているような。
身をすくめ、喉をひきつらせたものの「こちらこそ、よろしくお願いします」とどうにか頭を下げる。
「よしよし、きちんと挨拶ができて、えらい」と褒めてくれ「じゃあ、車に乗ってくれ。依頼内容を確認したいから」と助手席のドアを開けた。
「きみは父親が殺人犯で、そのせいで家では祖父母に冷たくされ、中学校でいじめられて、近所で村八分状態になっているんだな。
それだけならまだしも見知らぬ人からいやがらせを受けて身の危険を覚えていると。
きみの望みは、自立して改名して人生をやり直す、そのときまで安全を確保すること。
そのために父方の親戚に裏社会の人がいるとアピールをして、自分に危害を加えようとする人間を遠ざけたい。
そこで俺には三か月、一週間に一回、こわい叔父のふりをしてきみのそばにいてほしい。
ってことでいいんだな?」
スマホを見ていたのが、ふりむいたのに「はい」とうなずく。
「じゃあ、これからスケジュールどおりやっていくか。まずは家にいこう」と車を発進。
家にいく目的は、祖父母に熊吉さんを「父方の叔父だ」と紹介すること。
祖父母は父の親や親戚に会ったことがない。
というのも親はカケオチで結ばれたし、父のほうは身内や親族と絶縁をしているから。
そもそも娘の元夫が殺人犯ということを祖父母は人生最大の汚点と見なしているので、そりゃあ、できるだけ関わりたくはないだろう。
実際、家の玄関で熊吉さんを紹介したところ眉をしかめて身がまえたものの「あ、そう」と挨拶もせずに退場。
とにかく無視を決めこんで、本物かどうか疑うまでもなく、興味もなさそうだった。
自室に熊吉さんをつれていき、扉を閉めてほっと一息。
家政婦さんが持ってきたジュースとお菓子を受けとり、テーブルに置くと「じいちゃん、ばあちゃんはいつも、あんな感じなのか?」と聞かれた。
「そうですね、家であまり顔を合わせることがないです。
身の回りの世話は、ほとんど家政婦さんがしてくれて、ぼくができることは自分でしています。
引きとって、お金をだしてくれるだけ、ありがたいですし、祖父母は無関心なだけでぼくを責めたり、きつく当たることはない。
ただ、家政婦さんが舐めてかかってくるのに困っていて・・・。
ぼくが、祖父母に助けを求められないと分かってて、小馬鹿にしているのでしょう。
今はまだ耐えられるとはいえ、これ以上つけあがって、悪知恵を働かせるようになると、やばいことになりそうで」
さっき顔をあわせた家政婦さんが目を伏せて、いつになく恭しくしていたにレンタルやくざの効果はてきめん。
べつに口にはしなかったとはいえ「ぼくになにかあったら、こわい叔父さんが黙っていないよ」という無言の脅しは伝わったよう。
家政婦さんの豹変ぶりを思い起こし、苦笑しつつ、テーブルにつけば「なるほどな」とポテトチップスを齧りついた熊吉さんは「そういえば、母親は?」と咀嚼しながら。
一瞬、言葉につまるも「外国に住んでいます」とさばさばと応じる。
云いかえれば「殺人犯の妻」との肩書を背負いたくないがために外国にとんずらし、バカンスをたのしむのに、ぼくが邪魔だから捨てていったわけ。
わざわざ説明せずとも、察しられるだろうが「ふーん」で済ませて「あ、このゲーム、俺、やりたかったんだよ!」とソフトをつかんで、ふりふり。
「これ協力プレイがおもしろいって評判だよな!
ちょうど二人いるからプレイしようぜ!」
そのとおりながら、ぼくには友人がいなかったし、父が捕まってからはネットがこわくてオンラインプレイもしたことがない。
レンタルやくざに遊び相手になってもらうつもりはなかったものの、熊吉さんが「やろう!やろう!」と子供のようにせがんで。
初心者の熊吉さんに上級者のぼくが手とり足とり教えながら、初めてした協力プレイは日日の鬱屈が消しとぶほど愉快だった。
時間を忘れて夢中になったとはいえ、やはり熊吉さんはレンタルやくざのプロ。
スマホのアラームが鳴って「お、じゃあ、つぎは近所を歩きまわるんだな」とゲームを続行せず、スケジュールどおり行動を。
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