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やくざをレンタルできるんだってよ②
家に車を置いたまま、近所の人気の多いところを熊吉さんと並んで歩いていった。
公園を突っきったり、スーパーのまえをうろちょろしたり、中学校のまわりを二周したり。
中学校の生徒や近所の人にふるまいを改めてもらうのが目的。
避けるならまだしも、敵意むきだしに突っかかってきたり悪口を喚いたり、噂をとおして陥れようとしたり、厄介な人たちもいるので。
要望どおり熊吉さんは目につく人すべてに睨みをきかし、でも、ぼくと向きあうと、目尻を下げてにこにこ。
おかげで近所で人とすれちがうとき、いつも、じろじろと蔑視されるのが、みんな目を逸らして、こそこそ。
印籠を掲げる水戸黄門のようで気分がよかったとはいえ、いや、まだまだ頭痛の種の問題人物がいて。
ぼくをストーカーするネット民だ。
彼らはぼくを盗撮し、その写真にいちゃもんをつけて、ネットで正義をふりかざしていた。
たとえば、ぼくがしゃがんで猫に手を差し伸べている写真なら。
「猫を殺そうとするとは、さすがは殺人犯の息子!同じ残虐性がある証拠!」とコメントをつける。
もちろん「子供に罪はない」「あんたらのほうが犯罪者だ」とまともなツッコミをいれる人はいるが「いいね」ボタンを押す人も多い。
なんだかんだネットに写真をあげるたび、アンチを含めて閲覧者が跳ねあがって反応が上上。
それが儲けにつながるので彼はストーカーをやめないわけだ。
今はネットで騒いでいるだけなのが、写真から場所を特定した人とか、学校や近所の人がストーカーの煽りを真に受けて天誅をくだすような真似をしかねない。
対処したくても、ぼくは殺人犯の子供とあり、警察に相談も訴えることもできず。
だったら、せめて盗撮されないよう注意したいものの、毎日欠かさず、写真はネットで公開をされて。
まったく歯が立たない悪質なストーカーなので、熊吉さんも苦戦するのではと思っていたのだが。
道の角を曲がると、電柱の影にぼくを引っぱりこみ、口に人差し指を立ててみせた。
指示どおりに電柱にひっついて息を潜めていれば、慌てたように走ってきた人を熊吉さんが捕まえて壁ドン。
壁に押しつけられた若い男に見覚えはないものの、望遠レンズがついたカメラを首にかけているに、おそらくストーカー。
尾行されているのに、まるで気づかなかったのが「さっきから、目障りなんだよ」と熊吉さんは、お見とおしだったよう。
威圧的に壁ドンしつつ、体に指一本触ることなく、額がくっつきそうなほどの至近距離で迫って。
「これ以上、俺の甥っ子につきまとうなら許さねえからな。
もちろん、おまえを破滅させてやるし、身内や友人知人がどんな目にあっても知らねえぞ」
「夜道を歩くのに気をつけな」と上体を起こすと、顔面蒼白のストーカーは声をあげる余力もなさそうに、ふらつきながら走っていった。
お茶の子さいさいにストーカーを追いはらってくれ「まあ、これで一旦、ようす見だな」としつつ、帰り際に頼もしく告げてくれて。
「もし、またネットに写真があげられたら俺に電話をしな。
外でスピーカーにしてくれれば、あいつにも聞こえて、また脅すことができるし、虫除けにもなるだろ」
防犯ブザーのような役割を買ってでてくれたとはいえ、その日、ストーカーは写真をアップせず、翌日も翌々日も。
また家政婦さんは、意地悪をしなくなったし、中学校でも近所でも人が悪気を持って干渉してこなくなったし(まえより人が寄りつかなくはなったが・・・)。
そのことを「人ってこんなに豹変するんですね!」と興奮して報告したものの「ただ、忘れっぽくもあるからな」と熊吉さんは冷静に。
「こわい叔父がきみを気にかけ、なにがあれば跳んでくる。
そう、まわりに思いこませるには、やはり三か月はいると思うぞ」
とのことで、翌週から、また日程どおり、こわい叔父さん見せびらかし計画を実行。
ただ、初回とちがって、熊吉さんは辺りにガンをつけるのはほどほどにし、ぼくの遊び相手に徹してくれた。
家ではゲームの協力プレイに興じ、外にでれば、バトミントン好きのぼくにつきあってくれ、ゲームセンターにつれていってれたり、帰るまえにファミレスにいき、やくざの面白ろエピソードや、あるあるネタを聞かせてくれて。
友人のいない、ぼくへのサービスもありつつ、まわりに親しいさまを見せるのが効果的でもあったのだろう。
それにしても、ほんらいの目的を忘れるほど熊吉さんとの交流は胸がはずむもので、あっという間に三か月が過ぎ。
三か月まえは、まわりの目をおそれて委縮していたぼくが、逆にまわりをびくびくさせ、顔をあげ胸を張って家でふるまったり、中学校や近所を闊歩できるように。
との近況を伝えると「それなら、きっともう大丈夫だろう」と熊吉さんはぼくの頭をわしゃわしゃと撫でて「じゃあ、達者でな」と去ろうとした。
意外に、あっさりと別れを切りだしたのに、そりゃあ、うしろ髪を引かれまくって「あの」と頭を撫でた手をつかみ。
「これからまた、なにかあるか分からないし、またレンタルをしてもいいですか、熊吉さんを指定して」
父が逮捕されてから我慢に我慢を重ね、自分の言動を慎んでいたのが、はじめてワガママのようなことを。
多少、駄々をこねるくらいに懐いていたし、熊吉さんもなんでも聞きいれてくれていた今までどおり「いいよ」と快諾してくれるものと思っていたが。
にわかに真顔になり「できない」と。
ショックを受ける間もなく「いや、ちがう・・・できない、というよりは」と立ちあがりかけたのを、再度しゃがみこみ、ぼくの目をまっすぐ見て。
「きみの父親は、殺人をしていない」
突拍子もない発言にぽかんとするのを、置いてけぼりに語ったことには。
「俺の組のごたごたで殺人が起こったのを、きみの父親に罪をかぶってもらった。
やつは借金地獄に陥って、とても返済できないってんで、こちらは選択肢を与えたんだ。
内臓を売るか、遠い国で無賃労働をするか、殺人の罪で代わりに捕まるか。
三つ目を選択したやつは、裏切ることなく刑務所にはいってくれた。
それで万々歳だと思っていたが、きみから電話がかかってきて今更とはいえ、罪悪感を覚えてな。
だから、子供の依頼だろうと、かまわずに俺が引きうけたわけだ」
「こんな話を聞いたら、もう俺に会いたいと思わなくなるだろ?」と自嘲するのに、ぼくは硬直したまま。
すこし頬を緩めつつ「きみのしたいようにすればいい」とつづける。
「今、話したことを警察に訴えてもいい。
父親は半ば自業自得とはいえ、とばっちりを受けたきみは俺たちを恨んで復讐する権利がある。
きみの訴えで俺の立場や組の存続が危うくなっても、しかたないことだ」
肩に手を置かれたと同時に、堰を切ったように涙があふれて、ぼろぼろと。
大粒の涙を滴らせながら「・・・恨むことができないぼくは、頭がおかしいんですか」と熊吉さんを睨みつけて。
「父さんは母さんに暴力をふるっていたし、よく躾といって暑くても寒くても、ぼくをベランダに放置していた。
母さんが稼いできたお金をすべてギャンブルとお酒に注ぎこんでもいたし。
正直、父さんが逮捕されても悲しくなくて、ほっとしたほどで・・・。
今、父さんが免罪だと知っても本物の犯人が憎いとか、真相を世間に知らせたいとは思わない。
たしかに『殺人犯の息子』としてひどい目にあったけど、父さんが母さんを殴って生活をめちゃくちゃにするよりマシです。
ぼくは父さんのために怒れない・・・。
父さんを陥れた熊吉さんに、そばにいてほしいと思うぼくは親不孝で鬼畜な子供なんですか」
「それは・・・」と口を開くも、あとがつづかないようで、ぼくを抱擁。
否定も肯定もしないで、ただただ抱きしめてくれるのに、ぼくは赤ちゃんのように体にしがみつき泣きわめいた。
ほんとうに、ぼくは父さんのために怒っていなくて。
そうして怒れないことが、やるせなくあり、なによりの不幸なのかもしれなかった。
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