入れ替わり

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入れ替わり

(えっ? どうして突然お城に……?)  一体何が起こったのか、まったくわけが分からない。  けれど、このままここに立っていても仕方がないし、うっかり殿下に会ってしまったら、また嫌な思いをさせてしまうかもしれない。  早くお城から出ようと向きを変えたとき、窓ガラスに映った自分の姿が見えて、私は目を疑った。 (どういうこと……!? なぜ殿下のお姿が……)  外が暗いせいで鏡のようになっている窓ガラスには、平凡なエリアーヌの顔ではなく、完璧に整ったリシャール殿下のご尊顔が映っている。  つまり、今の私はリシャール殿下の姿をしているということだ。 (もしかして、さっきの眩しい光のせいでこうなってしまったのかしら……)  とすると、今「エリアーヌ」の身体にはリシャール殿下が入っているのかもしれない。 「なんてこと……」  あんな華やかさの欠片もない地味な部屋を見られてしまったら、さらに悪い印象を持たれてしまうかもしれない。 (本棚に恋愛小説ばかり置いてあるのもくだらないと思われてしまうかも……。眠れない夜に殿下を想って書いたポエムなんか読まれたら死ぬしかない……!)  今すぐ屋敷に帰って、いろいろ阻止したい。  でも、殿下に会って幻滅の眼差しで見られたらと思うと恐ろしくて帰れない。 (……とりあえず、私も殿下のお部屋に行きましょう)  そこなら、これからどうすべきか、ひとり静かに考えられるだろう。  私は通りすがりの使用人に自然な感じでリシャール殿下の部屋の場所を聞き出し、挙動不審にならないよう気をつけて部屋へと向かった。 「ここが殿下のお部屋……」  立派な扉を見つめながら、聖地巡礼に来た信者のような心地で呟く。 (入った瞬間からいい香りがしそうだわ。内装はどんな感じなのかしら。きっと上品で知的な雰囲気なのでしょうね。小さい頃の肖像画があったらぜひ見たいわ……)    やや不敬な想像をしながら、私はそっと扉を開けた。 「お邪魔いたします……」  想い人の私室に入るという緊張感でドキドキしながら足を踏み入れると──  想像もしなかったとんでもないものが視界に入ってきて、私は思わず悲鳴を上げた。  目の前の壁に、それはそれは巨大な「私」(エリアーヌ)の肖像画が飾られていたのだ。 「何これ、どういうこと……?」  予想外の事態に狼狽えながら視線を逸らすと、逸らした先にまた別の私が描かれた肖像画がある。しかも何枚も。  あまりの衝撃に目眩を起こし、私はふらふらとよろけながら机の上に手をつく。しかし、うっかりして机の上にあった本を落としてしまった。 「いけない、殿下のお持ち物を落としてしまうなんて……」  慌てて拾おうとすると、開いたページに私の名前が書かれているのが見えた。どうやらこれは殿下の日記帳らしい。読んではいけないことは明らかだが、自分の名前が書かれていては読まずにいられない。たとえ、よくないことが書かれているかもしれなくても……。  ──明日はエリアーヌ嬢との婚約式。憂鬱で仕方ない。  ──父上と母上は僕の気持ちを知りながらエリアーヌ嬢との婚約を強行してしまうなんて酷すぎる。 (やっぱり……殿下は私との婚約が嫌で仕方なかったんだわ)  壁の大量の肖像画も、陛下と妃殿下が無理やり飾らせたものなのかもしれない。  胸が苦しくて仕方ないけれど、殿下の本当の気持ちを受け止めなければならない気がして、さらに読み進める。  ──僕はエリアーヌ嬢が好きだからこそ、権力を使って自分のものにするのはどうかと思って我慢していたのに。  ──理性を投げ捨ててもいいなら、十年前に一目惚れした建国祭の日にすぐ婚約をしていた。  ──でも、結局我慢しきれずに婚約を決めたのは僕なのだから、父上と母上のせいにするのはお門違いか……。  ──だって、エリアーヌ嬢のデビュタントでの愛らしさを目の当たりにしたら誰だって理性が飛んでしまう。あんなに美しくて可憐な姿を見たら、他の令息たちが放っておくわけがない。すぐに誰かにとられてしまうと思ったら、もう我慢なんてできず、権力にものを言わせてしまった。  ──僕は最低な人間だ……  昨日書かれたページを読み終わった私は、日記帳を丁寧に閉じて机の上に戻すと、大きく息を吸い込んで吐き出した。  この日記は殿下の直筆のはず。  つまり、ここに書かれていることは殿下の本心そのもの。  と、いうことは── 「リシャール殿下が、私のことをす、好き……?」  それに婚約式での絶望感漂う態度も、私を嫌がっているのではなく自責の念からだった……? 「ちょっと待って……」  情報の処理と気持ちの整理が追いつかない。  必死に冷静になろうとするものの、この部屋はどっちを向いても(おそらく殿下自ら飾った)私の肖像画ばかりで落ち着かない。 「だめだわ……もう布団をかぶって寝てしまいましょう……」  もはや現実逃避の道しか残されていない私は、豪華な寝台に入り込んでもぞもぞと布団をかぶった──ものの、すぐ横に手のひら大の何かがあることに気づいて起き上がる。 (何かしらこれ)  手に取って確かめてみると、またもや予想外のもので、私は再び目を疑った。 「こっ、これは……私の人形!?」  手に取ったそれは、明らかに私の姿を模したフェルトのぬいぐるみだった。 「茶色の髪に翠色の瞳、そして目元のほくろまで完全に再現されてるわ……」  瞳の色合いは何色もの糸を使って丁寧に表現されており、衣装も本物の高級シルクやレースが使われ、かなり豪華で手が込んでいる。  こんなぬいぐるみまで作って寝台に寝かされているなんて……。ここまできてしまってはもう、確信どころか自惚れざるを得ない。 「リシャール殿下は本当に私のことが好きなんだわ……」
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