<1、オワリ、ハジマリ。>

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<1、オワリ、ハジマリ。>

 その報告を、クロヴィスは朦朧とした意識で聞いていた。 「……ですので、陛下」  自分のベッドの脇には、泣きそうな顔でこちらを覗き込んでくる赤毛の女性の姿が。  彼女はすっかり力が抜けたクロヴィスの手を握り、訴えかけてくる。  あまりにも申し訳なかった。少し前ならば、その手をしっかりと握り返してやることもできたのに。今の自分は、指先一つさえ満足に力が入らない。  自分でもわかっていた。もう、限界だと。首を横に向ければ、長い黒髪がベッドの横から滑り落ちたのがわかった。かつてはちゃんと手入れしていたけれど、今はぼさぼさになってしまっているのだろうな、と思う。 「陛下が望んだ通り、事は進んでおります。陛下のことを、悪逆非道の魔王と謗る者も少なからずおりますが……少なくとも、我々魔族は、陛下がいなければ満足に、明日を生きていくこともできませんでした。全ては陛下が立ち上がり、率先して人間達と戦ってくださったおかげです」 「……大袈裟な」  彼女の悲痛な表情の原因が何であるかなど明らかだった。笑っていてほしい。君は、その方がずっと魅力的なのに。そう思っても、いかんせん原因が自分のせいなのだから何も言えるはずがない。  あの日。  人間達が究極の兵器を使い、魔王城とその城下町に向けようとしたあの日。  対抗するべく禁術に手を出したことが、間違いだったとは思わない。他のすべてを捨ててでも、自分は魔族達を守らなければいけなかった。例えその結果、己の命の殆どを使い果たすと分かっていても。  上々だ。この体でも、勇者との最後の決戦まで持ちこたえることができた。  魔族のよる世界征服を果たし、理想郷の礎が築かれていくのを見届けた後であの世に行くことができるのだから。 「……俺がしなければ、別の誰かが……魔王となっていたさ」  目を閉じ、クロヴィスは静かに告げる。 「それよりも……俺のような者に最後までついてきてくれたこと、心から、礼を言う。ありがとう、ミーシャ。君は、忠実な、私の右腕だった」 「そのようなこと!……お願いです、陛下。死なないでください!まだまだ陛下にしていただきたいこと、見ていただきたいこと、たくさんあるんです。私自身も、まだ、陛下にお伝えしたいことが……っ」 「ミーシャ」  彼女が言わんとしていることは予想がついた。だから私は力を振り絞って、その言葉を制止したのだ。 「その言葉は君が……本当に愛する人を他に見つけた時、使っておくれ」  とても、とても強く、優しい娘だ。  自分なんぞよりも相応しい男が山ほどいることだろう。自分の最後の願いは、この子がいい人に巡り合って、幸せになって、長生きをしてくれることなのだから。 「いや、いやっ!」  視界が暗くなっていく。ミーシャの泣き叫ぶ声が、遠くなっていく。  悲しまないでほしい。自分は、最後まで幸せだったのだから。 「嫌です魔王様!嫌です、嫌、嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」  魔王クロヴィス・ディーゼ。  享年、二十六歳。  例え地獄に行くとしても、自分はこの生涯をけして後悔しない。そう誓って、その人生に幕を下ろした。  そのはず、だったのだが。
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