灯りを用意しようと火打ち石を取り出したが、ぬるい風に阻まれてうまく灯りが育たない。
焦れば焦るほど手元が悪くなる。
風を避ける場所を探したが、木の影では先程逃げた妖怪が戻ってきて襲われるかもしれない。そうなると、あの怪しい寺の影で明かりを用意するしか無い。
刀を手にしたまま、用心して寺に近づいた。
全く…こんなつもりではなかったのに…
孝太や嘉恵を探すどころか我が身すら危ない。しかも刀まで抜いたのに件の妖怪にも逃げられてしまった。非常にまずい状況だ。
武士が刀を抜いたなら何もなしで終わらせることなど出来ない。片手でとっさに抜いたのが脇差しだったのが悔やまれた。刀なら確実に仕留めていただろう。油断していた勘左衛門自身の失態だ。
風を凌ぐために近づいた寺は遠目に見たら小綺麗に見えたが、やはり人の気配もなく、それなりに荒れていた。
寺の境内に足を踏み入れると、隠れていた鼠らしい生き物が鳴き声を上げながら侵入者から逃げ出した。
荒れた境内の板張りの床には、小枝のようなものがパラパラと散乱しており、勘左衛門の足元でパキパキと砕ける音を立てた。
足元に何も無い場所を選んで腰を落とし、すぐに手に取れるように刀を床に置いた。灯りを用意しようとして火打を打った。
カッと小気味良い火打ち石の音に火花が散る。火花は稲光のように一瞬周りの景色を浮かび上がらせた。
二度三度と打った火打から放たれた火花では安い蝋燭に灯りを灯すには足らなかったが、宵闇に慣れた彼の目に不穏な影を認識させるには十分だった。
一回目は目に入っただけだ。
二回目はもしかしてと思った。
三回目に打った石で確信した。
床板が軋むような「ぎ、ぎぎ」と不気味な音が耳に届く。
慌てて足元に置いた刀を拾おうと手を伸ばしたが、そこにあるはずの刀が無い。空振りした勘右衛門の手には代わりに白い枝のようなものが握られていた。
骨だ。
勘左衛門は医者でも学者でもないが、それが何かの生き物の骨の一部だと云うことぐらいはわかった。よく目を凝らしてみると、骨の表面には乾いた肉片のようなものと、何かで削られたような痕が残っている。
背筋に冷たいものを感じ、勘左衛門は骨を放り投げて刀を探した。提灯だけなら諦めてすぐ逃げることも出来たが、刀だけは捨てて逃げることはできない。
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