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「こっわ! アリシアこっわ!」
宮殿に戻る途中、バルキスが馬車の天井を突き抜けて顔を出してきた。
なるほど、外から見ると馬車の屋根に突き刺さってる体勢ですね。
「覗き見とは悪趣味ですね」
私は嬉しそうな顔をしたバルキスを見て溜め息をつき、いつも通りの反応をする。
「そりゃあ、いけ好かない男がフラれる一大イベントだから見なきゃ損だろ」
「性格が悪いです」
「ふふふ、魔王だしな。……っていうか、あいつは何でも言う事を聞く忠犬だったのに、どうしてフッたんだ?」
彼は空中でクルンと一回転すると、私の隣に座る。
そして分かっていながら、ニコニコして私の答えを引き出そうとする。
――腹が立つ。
私は前を向いたまま彼に手を向け、聖属性の魔術をぶっ放した。
途端にゴシャアッ……とバルキスの頭が灰化する。
「久々にきたな!? しかもノールックで!」
「腹の立つ事を言うからです」
「だって仕方ないだろ。アリシアが好きなのはお・れ! なんだから! 俺がいるからあいつを振ったんだろ? うれちい!」
バルキスは「お・れ!」の時に、親指で自分の胸板を二度差した。
本当に頭に花が咲いてそうなぐらい、ご機嫌な人ね。
「なー、アリシア、これから暇?」
まるで子供が遊びに誘うように言われ、私は溜め息をつく。
「暇な訳がないでしょう。聖女は多忙なのです」
「でも俺が壊した大聖堂はまだ修繕中だから、儀式はまだ行えず、正式な聖女にはなっていないだろ?」
「本当にどこの吸血鬼のせいでしょうね」
「ねー」
同意してくる彼の頬を、私はやはり前を向いたまま思いきりつねっていた。
「いででででで! これ痛い! 地味に痛い! しかも結構握力ある!」
「まったく……」
溜め息をついて手を放すと、バルキスは私の顔を覗き込んでくる。
「なあ、俺と沢山話をしようぜ」
そう言われ、私は溜め息をつく。
三百年前の恋心を思い出したものの、〝今〟のバルキスは相変わらずのお調子者で、真剣に向き合おう自分が馬鹿らしく思える。
本当はまじめに話したいけど、彼のおふざけが過ぎているのでタイミングが掴めない。
「お? 照れてる?」
バルキスが嬉しそうに私の顔を覗き込んでくる。
「照れてません」
私は再びバルキスの頭を吹っ飛ばす。
「照れんなよ~!」
それでもバルキスは節操なく頭を秒で復活させ、私を抱き締めてきた。
「……そもそも、どうしてエリックごときに嵌められたぐらいで暴走したのですか」
「いやー……、ああいう手合いを見ると〝勇者様〟を思いだしてイラァッとしちまって。カッとなったら暴走してた」
「『カッとなってやりました』と言うのは犯罪者だけで結構です。これからも私の側にいたいと言うなら、軽率な行動は取らないでください」
「おっ!? 聖女じきじきに、側にいていい宣言! いただきました!」
「…………鬱陶しい……」
私は横を向いてチッと舌打ちをする。
「聖女が舌打ちなんて、はしたない!」
「うるさいですね。大体あなたは……」
ガタゴトと馬車が揺れるなか、私はバルキスに説教をしながら、彼とまたこうして話せている事に感謝した。
時間はまだまだたっぷりある。
けれど三百年待たせたなら、早めに本音で話せるようになったほうがいいだろう。
魔王が聖女の側をうろつくなんて前代未聞だけれど、バルキスが節操なく城内を透けて歩いているから、最近の皆は割と彼の存在に慣れつつある。
お父様もガーネット様から話を聞いて、彼の処遇は私に一任してくれている。
(なら、ゆっくり積もる話でもしましょうか)
温かいお茶でもいれて、ゆっくりと。
完
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