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それからも私は喫茶店で働き続けた。そして客としてやって来た夫と出会った。
「智美が死んで、真っ先にマーコの事を思い出したんだ。マーコはいつも優しかった。夜中に呼び出してもすぐに来てくれた。わがままをいっても笑顔で受け入れてくれた。だから、マーコに慰めて欲しくて……」
「マーコ」。そう呼ばれ、私の心臓がドキンと跳ね上がった。私を名前で呼ぶ人はもういないと思っていた。「香奈ママ」「田代さんの奥さん」。私は夫や香奈の付属品でしかなかった。夫でさえ私を「お母さん」と呼ぶ。
「結婚してから後悔したよ。やっぱりマーコと一緒になれば良かったって」
真っ直ぐに私を見つめる和哉。私はその視線を逸らす事ができなかった。
「ねえ、携帯の番号教えて」
「え……」
さすがに教える気にはなれなかった。
「じゃあこれ、俺の番号。非通知でいいから掛けてきて。誰かに弱音を吐かなきゃ、壊れそうなんだ……」
儚げに微笑みながらレシートの裏に数字を書き込み私に手渡す。下4桁は和哉の誕生日だ。覚えていた自分に驚く。
手を上げて去っていく和哉の背中が小さく見えた。昔は自信満々で地球は自分のために回ってるくらいに思ってる人だったのに。
私は車に乗り込むと、すぐに和哉の携帯番号をスマホに登録した。
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