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黒色
家に帰り急いで夕飯の支度をした。誰も帰ってこない。ならばと私はお風呂場へ急いだ。自分の匂いを取り戻すのだ。いつものオバサン臭いシャンプーの匂いに。
「ただいま。風呂入ってたのか?」
「あ、おかえりなさい」
夫がいつもより早く帰ってきた。夫はすぐに着替えに行ってしまったのでホッとした。
久しぶりに夫と一緒に夕飯を食べた。後ろめたさを隠すために私は色んな話をした。
「あのさ、ちょっと黙っててくれないかな。明日の会議の事を考えてるんだ」
「あ……ごめんなさい」
夫はテーブルの上にパソコンを広げ集中し始めた。私は静かに後片付けをし、先に寝室に入った。せっかく早く帰ってきてもこんなものだ。だったら1人の方が気楽だ。もし夫が私のベッドに入ってきたらどうしようなんて、心配して損をした。もう私と夫は夫婦じゃない。ただの同居人だ。いつからこんな風になってしまったのだろう。
布団の中で和哉と過ごした時間を思い出した。久しぶりの感覚に体が火照り、中々寝付けなかった。
香奈は今日から夏休みだ。でも早起きしてきた。
「今日もバイト?」
「辞めた」
「え?」
見るとしっかりメイクしすませ、髪も綺麗に整えてある。手にはボストンバッグを持っていた。
「何処か出かけるの?」
「まあね」
「泊まり?」
「……」
「誰と行くの? 学校のお友達?」
「行ってきまーす」
「ちょっと香奈、待ちなさい」
香奈の前に立ちふさがる。いきなり泊まりで出かけるなんて聞いてない。
「どいてよ、遅れちゃうじゃない」
「行き先くらい言っていきなさい」
「いいじゃん別に」
「良くないわよ」
「あー面倒くさい。あ、お父さん!」
夫が起きてきた。ちょうど良かった。ちゃんと聞いてもらわなければ。
「お、行くのか?」
「うん」
「お土産忘れんなよ」
「了解!」と香奈は夫に敬礼をし、出て行ってしまった。
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