もう一回お金くださいよ

1/1
前へ
/1ページ
次へ

もう一回お金くださいよ

 ある日、Aさんが道を歩いていると、突然上の前歯が全部欠けている身なりの汚い男に声をかけられた。  男はニヤニヤと笑いながらAさんを見つめ、  「お金。もう一回お金くださいよ! もう一回でいいんでお金くださいよ!!」  と、言った。  明らかにまともな男ではなかった。  女傑のAさんは鼻で笑い、  「もう一回も何も、私、アンタなんかにお金あげたこと一度もないんだけど?」  と言って、男を肩で突き飛ばした。  (・・・マジきもい)  Aさんは早足で歩きながら舌打ちした。と、その時━━  背後から、出来損ないのアニソンみたいな妙な歌が聞こえてきた。  それを聞いた瞬間、Aさんは弾かれたように後ろを振り向いた。  先程の前歯の無い男が、ストッキングを被ったような顔をして、その曲を大熱唱していた。  Aさんは背筋にゾッとしたものを覚え、走ってその場から逃げ出した。  「その曲、私の元・推しのV tuberのオリソンだったんです」  そのV tuberは男性で、何年も前に『規約違反』を理由に所属事務所から解雇されている。引退の理由の本当の所は明らかになっていない。  「もう何年も前のことだし、画面越しの声しか知らないから最初は分からなかったんですけど、あの歌声は間違いなく元・推しの声でした」  Aさんは、当然のようにその元・推しに投げ銭をしている。それならば、前歯の無い男の言っていた「もう一回金をくれ」という言葉は意味が通るのだが━━  「あの男、何で私が元リスナーだって分かったんでしょうか?」  Aさんは元・推しがかつて所属していた事務所に問い合わせをしたが、何年も前に解雇した所属タレントについては対応出来ないという返答しかもらえなかったそうだ。                    <了>
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加