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 窓一つない地下室に、どのような仕組みなのかガラスのピラミッドを浮かべ、真下には魔法陣が描かれている。  心なしか暗闇に輝きを放つかのように見える図形が、青白く立ち上る鬼火のように妖しいムードを(かも)し出す。  女は魔法陣の一角に腰をすえ、固く閉じられた双眸(そうぼう)には、思い詰めたような苦しみの色が浮かぶ。  深遠なる闇は、宇宙のように広大な人間の精神世界である。  ちょうど金星が辿(たど)る軌道にそれはあった。  星の(またた)きは無窮(むきゅう)旋律(せんりつ)を奏で、真空を揺らす波動が生命の(きら)めきを(おびや)かす。 「無常なる宇宙の闇よ、星屑の雲が欠けるところ、そして人智を超えて揺らぐ風鳴りよ。  我が声は、天の果て、(いく)千幾万の星の墓場を貫き、深淵へと届く。  無限なる虚空に(うごめ)く者よ、古の契約を忘れぬ者よ。  星々の輝きを(むさぼ)り喰らいし者よ、混沌を()べあまたの(よど)みを(すす)る者よ。  汝の名は、深淵の王か、奈落の支配者か、  禁忌を破りし存在か、滅びをもたらす破壊者か。  我は汝の力を欲する。  この宇宙を揺るがすほどの、強大なる力を。  我が願いを聞き届けよ。  我が魂を代償に、汝の力を我が物とせん。  今こそ、我が呼び声に応え、現世に顕現せよ。  星々の瞬きが止まり、闇が世界を覆う時、  汝の力は我が手中に ───」  風雨に(さら)されたのか、無数のシミに(よど)んだシャレコウベの眼窩(がんか)に揺れるく蝋燭(ろうそく)の炎が、壁に不気味な影を映し出す。  目を閉じたまま、彼女は薄く(わら)った。  今度の犠牲者は、どこの誰になるのだろうか。  傍らのナイフを手に取ると、魔法陣の中央に突き立てる。  小さな白い百合(ゆり)の花が、陽炎(かげろう)のように現れ、天に向かって花弁を広げていく。 「そうか、薬を ───」  彼女の艶やかな肌に、青白い光が透明感を与え、不気味に光を放っていた。
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