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 古城のインターホンを押した翠埜は、一緒に来た吉川 佳一(よしかわ けいいち)中沢 (なかざわ)すずの の方へ振り向いた。 「中に入ったら、調度品や食器を()めるといいわ。  それがマナー、というか、そんな感じらしいの。  そんなことで先生の機嫌が良くなるなら、簡単でしょう」  声のトーンは低く、冷めているようだった。 「へえ、翠埜は慣れてるんだな。  俺なんか、気取ったレストランなんてほとんど行ったことないし」  吉川は肩をすくめた。  研究室では一緒に研究するときもあるが、フランクな会話をする機会はほとんどない。  今日の晩(さん)会に、不安を感じているのだと、ここまで来て初めて分かったくらいだ。 「私も、育ちが悪いからさ。  テーブルマナーとか、修学旅行でちょっと教わったくらいだよ」  花壇に視線を()わせる中沢は、花でも眺めていた方が有意義だとでも言いたそうである。 「はい、どちらさまでしょうか」 「翠埜です。  今晩は同じ研究室の吉川と中沢も一緒です」  いつも翠埜が訪ねてくると司郎が出迎えるのだが、若い女性の声だった。 「お手伝いさんがいるのかい、上流階級は違うねえ」 「最近雇ったメイドさんよ。  水無瀬 葉菜(みなせ はな)さんって言うのだけど、雰囲気に陰があって、素敵な人」  翠埜の口角がわずかに上がった。  薄暗くなった古城のシルエットを背景に、彼女の表情が背筋に冷たい汗をかかせた。  もし独りで呼ばれたら、ちょっぴろ怖いな、と吉川はまた花壇に視線を落とした。  先を急ごうとする翠埜をよそに、2人は手入れが行き届いた庭と、建物の外観をしばらく眺めていた。  宵の明星と満月が古城の背景を青白く色づかせる。  絵葉書にでもなりそうな光景に3人は息を飲んだ。 「きれいだな」 「そうね、でも何かが起こりそうな予感をさせるわ」  黙って天を見上げた翠埜の口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
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