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 階段を上がってくる足音が、静かな廊下に響いた。  司郎は胸をかるく押さえながら、ドアに近づいた。  ノックと共にドアノブが回り、ガチャリと音がする。  廊下から、疲れた顔をした妻が現れた。 「あなた、また来てるわよ」  黒い手紙を人差し指と中指で挟んだまま、入口脇にあるサブテーブルへ滑らせた。  そこには、何通か未開封の同じ封筒が重ねてあった。 「最近、頻度が増えてるわね。  体調が悪いのは ───」  言いかけたとき、司郎は怯えた表情に変わってベッドに駆け寄って布団を被ってしまった。 「ごめんなさい、今日は顔を出せそうにないわね」  ドアノブに手をかけたとき、 「いや、ちょっと顔を出すよ。  着替えてから行く」  背中から絞り出すような声が返った。  パタンとドアが閉まると、司郎はゆっくりとベッドから降りた。  寝間着の上からルームジャケットを羽織り、壁伝いに手を突きながらドアへと向かう。  少し歩いただけでも汗が吹き出し、椅子にかけてあったふっくらしたフェイスタオルを取ると、額を拭った。  そして、ふう、と一息ついてまた歩きだす。  ふらふらとした足取りで、一段ずつ踏みしめて階段を降りていき、広間へと入っていった。 「やあ、いらっしゃい。  すまないね、こんな体調なもんでね」  吉川は駆け寄り、肩を貸して手近な椅子へ座らせた。  中沢も立ち上がり、近くの椅子へ腰を下ろした。 「どうしたのですか」  少し見ない間に、別人のように生気がなくなっていた。  目の下には濃い隈ができ、顔中に(しわ)が増え、白髪も増えたようだった。 「私を殺したいほど憎む人間は、世の中にたくさんいるからな。  製薬会社なんかやってると、逆恨みされるばかりで ───  お前たちも、薬の研究など、よくやるものだと思うぞ」  小さくなったように見える背中を丸め、還暦が近い男は疲れたように(つぶや)いた。 「何を仰いますか。  先生が開発した薬で助かった人々も沢山(たくさん)いるのですから、胸を張ってください」  研究者として、吉川は心からの尊敬の念を込めて力強く言ったのだった。
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