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 3人はすでに夕食を終え、中沢はテーブルに肘をついて(あご)を乗せ、隣の吉川と卒業後のことを話題にしていたところだった。  翠埜はすでに、調月製薬の研究所でアルバイトとして働き始めていた。  学部6年を終えて大学院へ進学し、あと2年で卒業できる。  それまでに博士論文を完成させて、博士号を取るために必死に研究しているのである。  実のところ、翠埜の出世コースに自分たちもあやかりたい、という気持ちを抱いて夕食の誘いを受けたのだった。  だが当の司郎本人が体調不良を理由に伏せっていて、翠埜は誘うだけ誘っておいて愛想も使わず、淡々と食事を済ませてしまった。  これでは何のために来たのか分からない、と思ってはいたが口には出せずにいたのである。 「あの、私の研究に何かアドバイスを頂けませんでしょうか」  中沢が書きかけのレポートをハンドバッグから取り出した。  小声で「おい」と吉川は(いさ)めようとしたが、 「ああ、お詫びにそれくらいはさせてもらうよ。  置いて行ってくれたらいい」  精一杯の笑顔を見せようと、司郎は目を細めた。  結局、吉川もカバンに忍ばせていたレポートを差し出し、 「よろしくお願いします」  と頭を下げたのだった。 「無理をさせてすみませんでした」  3人の学生は一斉に立ち上がり、場を辞した。  玄関を出ると、色とりどりの美しい花壇がライトアップされ、彼らの目を奪う。 「きれいだね」  口々に呟き、ゆっくりと歩きながら天を仰ぐ。  東京の空はあまり星など見えないのだが、一等星がはっきりと輝き、古城を照らしていた。  そしてジェット機が横切り、ハイブリッド車の少々(かす)れた音が耳に入ってきたとき我に返る。 「俺は、研究室に一旦帰るけど」  吉川が言うと、 「私は、明日にするわ」  ハンドバッグからハンカチを取り出して滲んだ汗を拭きながら中沢が言う。  そして、翠埜も頷いて門をくぐっていった。  後には静寂が残り、一見煌びやかな古城は堂々とした佇まいを取り戻す。  振り返った吉川の目には、怯えの色が浮かんだ。  司郎の衰弱は思った以上に酷かった。  悪い(うわさ)も多いが、新薬の研究一筋に生きてきた不器用な男の末路に、自分の人生を重ねていたのだった。
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