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 2階の自室へやっとのことで戻った司郎は、庭の花壇を見下ろしていた。  学生たちが何か話しているようだった。  視線を路地へ移すと、人通りはない。  静かな住宅街は、夕飯時なので家族でリビングに集まっているのだろうか。  家族が夫婦だけになると、家の中が静かになった。  時々学生を呼んで食事を共にするのも、寂しさを紛らわすためかも知れない。  人の上に立つ者として、批判を受けるのは当たり前だと息まいていたが、体調を崩してからは他人の悪意が身に()みるようになった。  少々動悸がしてきて、左胸に手をやった。  あと何回、この心臓は脈打つのだろう。  意識すると余計に苦しくなる。  窓に映った顔は、隈と皺が深く刻まれやつれていた。 「今夜も、眠れそうにないな」  ポツリと呟き、振り返ったとき息が詰まるほどの衝撃を受けた。  20歳くらいの女性がこちらを向いて立っていたのである。 「愛実 ───」  自分と同じように、衰弱した顔をした娘には、表情がなく何かを訴えようとしているように動かない。  その後ろには、20代半ばの女がもう一人いた。  口元に大きなホクロがある女の肌は透き通るように白い。  燐火(りんか)のように青白くゆらめく双眸で、強い意志を司郎に向けている。  背筋を冷たい汗が伝い落ち、司郎は小さく悲鳴を上げた。  一歩後ずさりをすると背を窓につけ、ズルズルと横に身体をずらしていく。  冷めきった目で睨みつけ、今にも命を摘み取りに来るのではないかと、足元を震わせた。 「あなたは、心臓の難病を治す成分を開発したのに、なかなか世に出そうとしなかった ───  その間に、沢山の患者が死に、そして、私の妹も ───  助けられた命を、みすみす死なせ、自分はのうのうと、贅沢三昧(ぜいたくざんまい)に浪費して暮らしている。  許されぬ、許されぬぞ、調月 司郎!」  口元にホクロのある女は、カッと目を見開き、牙をむき出しにした。  ベッドに倒れ込んだ司郎は、掛け布団に潜り込み、ガタガタと震えて身を縮める。  冷たい手の感触が布団越しに一郎の皮膚を()で、(なまり)のように重く背に乗り皮膚を掴みにかかる。  目に涙を浮かべて(うめ)いだ。 「助けてくれ、悪かった、助けて ───」
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