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 素焼きにした人形の左胸の穴に、司郎の髪の毛と血液、爪を入れ込んである。  髪の毛は書斎を掃除したときに集めた。  血液は郵便物を開けるときに切り傷ができて付着したものだ。  爪はゴミ箱を(あさ)れば手に入った。  蝋燭の上に吊るし、人形を(あぶ)ると煙と共に香がほのかに広がる。  毎日詠唱している魔術書の一節を、静かに唱え始めた。 「深淵の闇に潜む者よ。  古の契約を結びし者よ。  我は星の瞬きを数え、月の満ち欠けを知り、幾千幾万の時空を超えて、汝が眠る深淵へと、訪れよう。  今こそ、我が呼び声に応え、現世に顕現せよ。  星々の光を喰らいし者よ、混沌を司る者よ。  汝の名は、深淵の王、奈落の支配者よ。  あらゆる禁忌を破り、滅びをもたらす者よ。  我が願いを聞き届けよ ───」  彼女は立ち上がり、カッと目を剥きナイフを魔法陣に突き立てた。 「我が前に跪き、我が言葉に従え。  我が標的 調月 司郎 に、永遠の呪いをかけ冥府へ堕とせ。  その身に災厄を、その心に絶望を、その魂に永遠の苦痛を。  その歩む道に茨を、その見る夢に悪夢を、その手に取るものに呪いを。  決して逃れること(あた)わず、決して抗うこと叶わず。  汝の絶大なる魔力は、我が標的を永遠に縛り付ける鎖となる。  深淵の王よ、我が願いを聞き届けよ ───  我が標的を呪縛し、奈落へと引きずり込め。  今ここに血をもって、汝との契約を結び、我が魂を代償に、我が標的を永遠に呪う。  来たれ、深淵の王!」  のけ反った彼女は、天を仰いて両手を広げる。  天井に映る夜空に、一筋の光が放たれる。  金星の軌道が浮かび上がり、辺りが輝きに包まれた。  牛のツノを持ち、巨大な鼻と口、そして尖った耳。  長い顎髭(あごひげ)(たくわ)えた、怠惰と好色を司るベルフェゴールの影が星を欠けさせた。 「裁きの日は近い。  罪深きものを粛清(しゅくせい)せよ ───」
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