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 白い作業台がいくつも並ぶ研究室は、人間が通る隙間などあまり考えずにサンプルを並べている。  スチール棚には茶色い遮光の薬品瓶や、透明瓶、広口瓶にスポイトや管が挿してある。  白衣の学生たちが白い手袋をはめてシャーレを覗く目つきは鬼気迫っている。  研究室というところは、真理を探究する若者たちの透き通った心で満たされ、寝食も忘れて没頭する情熱に満たされていた。  薬学部は、特に中退率が高くて厳しい指導が有名である。  だが、最近は 調月 司郎 の怒声が聞こえない、と学生たちが安心したとか、製薬会社への就職はどうなるのだとか、何かと話題に上っていた。 「調月先生がご病気って本当かい」  製薬会社志望の近藤が、吉川の表情をうかがった。  自動販売機コーナーで缶コーヒーを開け、香ばしい深煎りをグイと喉に流し込むと、 「ああ、かなり悪いみたいだった。  一応レポートは預けて来たけど、あの状態じゃあ ───」  手をヒラヒラさせていった。 「マジか、俺さ、調月先生目当てで研究所に残ったようなものなのにな」  近藤は悲しいのか怒っているのか、分からないような複雑なでコーヒーをまた口に含む。  そして吉川が身をかがめて声を落とした。 「でもさ、翠埜の奴、うまいことやったよな」 「やっぱり本当なのか」 「多分な。  この前古城で食事をしたとき、翠埜だけあまり喋らなかったのさ。  怪しいと思わないか。  何度も招待されている、と言ってたのにさ」 「つまり、寝技で調月製薬に入り込んだと ───」  吉川の口角が上がり、鼻で笑った。 「やっぱり、女の武器は強いよな。  真面目に研究するのがバカバカしくなるよ」  さもスッキリした、という顔で空き缶を勢い良くゴミ箱に突っ込むと、スタスタと研究室へ戻って行ったのだった。 「ねえ、男ってどうして下半身で物を考えるのかしらね。  研究がパッとしないから八つ当たりしてるのよ」  少し離れたベンチに腰かけていた中沢だった。 「うん」  小さな声で(うなづ)いた翠埜は、さっさと研究室へ戻って行ったのだった。
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