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 甘利 雫(あまり しずく)は、着替えを詰めたスーツケースを引っ張りながら、高級住宅街を足早に進む。  後から羽山 颯(はやま そう)も大きめのスーツケースを持って続いた。 「しかし、不思議な依頼だな」  怪訝な顔をしてはいるが、久しぶりの事件の予感に胸は高鳴る。 「不思議なんじゃなくて、超常現象でしょ」  人を呪い殺そうとするなど、現代にもありえるのか、と言わざるを得ない。  だが、古城の佇まいを目の前にすると、タイムスリップしたような気分にさせられた。  花壇と木立はきちんと整えられて、鮮やかな色とりどりの花と葉の緑で海原のように広がっている。  新薬開発によって一代で築いた財産で、これほどの豪邸を建てた男は、人生の成功者である。  都会では自治会が急速に減っている。  近所付き合いが希薄になり、孤立した一軒家と見ることもできた。  甘利はインターホンを押した。 「お世話になります。  甘利と羽山です」 「奥様から仰せつかっております。  どうぞ」  若い女性の声で返事があった。  近くで見ると、さらに大きく(そび)えて見える古城は、日光をたっぷりと浴びて、輝いている。  人間が人を呪い、怯え、衰弱死したなどとは想像できないほど華やかな外観だった。  強い光が当たるところには、濃い影が落ちる。  羽山は不思議な依頼に応える落としどころを、何度か頭の中でシミュレーションしていた。  呪いをかけようとしている人間がいるのは分かりきっている。  司郎と娘の愛実の身辺に、精神的苦痛を直接与える要素があれば、衰弱死したと言えるだろうか。  他殺の可能性はあるだろうか。  もしくは自殺の可能性は。  医師が死亡診断をしているのだから、可能性は低いがゼロではない。  ゴールは見えないが、調べられるだけ調べて調査報告書を作るしかなかった。
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