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 調月の自宅は目白の閑静な住宅街にあった。  豪邸が立ち並ぶ一角で、ひときわ目立つその建物は、近所の人たちに「古城」と呼ばれている。  ベージュの壁に大きく解放的な窓が(しつら)えてあるが、2階の窓は小さくて丸い。  ステンドグラスを()め込んであったり、人間の頭部や植物文様を浮き彫りにした彫刻が(ほどこ)されていたりと、ヨーロッパの石造りの建築を思わせる趣向が凝らされている。  通りに面した門扉は、蔓草(つるくさ)を思わせるアイアンワークで装飾され、花壇には色とりどりの花が咲き(ほこ)る。  玄関まで伸びる通路と、石段は眩しい白大理石でできていて、スライスされたアンモナイトの化石が随所に埋め込まれている。  ライトアップされた、手入れの行き届いた庭を眺めながら、インターホンを押すと、 「こんばんは、翠埜(みどりの)です。  夕食にお招きいただきまして、(うかが)いました」  ハロウィンや、クリスマスシーズンには、電飾を施して華やかになる様子を思い浮かべ、少しの間心が和んだ。 「待ってたよ、さあ、中へどうぞ」  調月 司郎は満面の笑みで玄関から出てきて迎えてくれた。  家の華やかさと、司郎の人(なつ)こい表情とは裏腹に、彼女の心には(むな)しさが隙間風のように心を寒くした。 「はい、いつもお招きいただきましてありがとうございます」  丁寧にお辞儀をすると、玄関まで小走りで進んで行く。  ポンと肩に司郎が手を置くと、会釈を返して奥のリビングに入っていく。 「いらっしゃい、ありすちゃん」  妻の調月 愛実(つかつき まなみ)が座ったまま挨拶をした。  入学当初から、何度となく招かれているので、良く知った仲だった。  司郎は会社を経営していて、今は会長職に収まっている。  学生時代に革新的な新薬開発を目指して調月製薬を起業し、独自の研究で医薬品を次々に世に送り出し、一代で軌道に乗せたのである。  会社の研究所でも先端的な研究をしており、東京帝都大学と連携して事業を実施する部門もある。  客員教授の仕事も長年の付き合いからしていて、製薬会社に顔が利く調月が就職口を世話してくれることも多いと聞く。  だから、学生は皆機嫌を損ねないように気を使うし、当の本人は殿様のような扱いを受けて増長するのだと陰口を叩かれている。
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