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 玄関ホールの奥にリビングがあって、数人で食事を取るには広すぎる間取りである。  鏡張りの天井からは豪華なシャンデリアが下がっており、キラキラと電球色の暖かい光が(またた)いている。  壁の上の方には間接照明が柔らかい光を下ろし、白い壁に温もりを与えている。  ウォールライトに、燭台(しょくだい)を模した真鍮(しんちゅう)製の皿と、植物のようにうねるデザインの、優雅な照明が小さな炎のような輝きを放つ。  室内は割と明るく、生活しやすいように照明を多くしているのだという。  赤を基調にしたシンプルな絨毯(じゅうたん)には清潔感があり、中央に長いテーブルを置いている。  白いテーブルクロスと黒いランチョンマットのコントラストが、自然に食卓へと視線を向けさせた。  背もたれが高くて現代的な印象の椅子に腰かけると、座り心地の良さについ長居(ながい)してしまいそうになる。  おもてなしを受けた礼儀と思い、部屋の調度品や、今日のランチョンマットと食器の組み合わせの素晴らしさを話題にする。  英国王室のエリザベスⅡ世ご用達になったことで有名なポルトガルを代表するビスタ・アレグレの食器は、高級ホテルのイメージをそのまま家庭に持ち込んだかのように、ゴージャスだった。  食器自体は幾何学的でシンプルな白くて軽い印象なのだが、ふんだんに使われる照明を金属が反射して映り込み、(きら)びやかなムードに落ち着きを与えて調和するのである。  テーブルにも燭台を模したLED照明が煌々として、一輪挿しと共に華やかさを添える。  上流階級の雰囲気と、教養をさりげなく見せる会話など、異世界に飛び込んだような気分になっていたものだが、5年もつき合うとすっかり板についていた。  こうしている間にも、サンプルのデータに変化が起こっているかも知れない。  研究棟に心を置いてきた翠埜にとっては、煌めく食卓も、運ばれる料理も、関心の対象にならなかった。  卒業までに明確な成果を残したい。  のんびりした場の空気とは裏腹に、焦りは募るばかりである。  心の(ひだ)がザラつき、手足に力が入ってしまいそうになるのを深呼吸で(しず)め、椅子を引いてくれたメイドに会釈をして席についた。
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