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 白いトヨタカローラのステアリングを握る甘利 雫(あまり しずく)は、国道のかなり先の方へ視線をやって、舌打ちをした。  助手席から進行方向を(にら)みつけていた羽山 颯(はやま そう)は顔を(しか)める。 「見失ったか」 「そうね、まあ、いつものようにやってみるけど、この状況だと厳しいかな」  服装はスーツだが、ウォーキングシューズをはいた足で、アクセルを踏み込む。  流行りのつり目で、人間で言えば目ん玉つながりのデザインが世界中で受け、販売台数世界一のギネス記録まで打ち立てたカローラは、咆哮(ほうこう)を上げて片側2車線を()うように前へ出て行く。  シャープなラインと、全体のずんぐりしたスタイルを調和させ、スタイリッシュかつ柔らかいデザインで、エンジンの性能も高い。  排気量がそれなりにあるので、軽く踏み込めば加速性能を遺憾(いかん)なく発揮する。   エンジン音は静かなものだが、回転を上げると高音が響き始めた。  ターゲットを見失った路地を確認したが、見える距離にいるはずもなかった。 「あまり飛ばすと、また警察の厄介になる。  制限速度まで落として真っ直ぐ行こう」  スピード違反で捕まれば、罰金と免停が待っている。  仕事とはいえ、警察も大目に見てはくれないのだ。  2人は浮気調査の佳境に入った探偵だった。  ターゲットを辛抱強く追いかけてきたが、車で尾行するとなれば成功率は下がる。  そもそも、探偵という仕事はドラマほどドラマチックではない。  実際の尾行の成功率は驚くほど低いのだ。  まず大前提として、行先付近を走って土地勘を養い、スーパーやコンビニ、ホテルなど立ち寄りそうなポイントをチェックしておく。  張り込みに移行したときに、どこへ車を置くかも重要である。  もしターゲットに見つかりでもしたら、二度と尾行はできなくなるからだ。  下準備を入念にしていても、成功率が50パーセントになればかなりの腕前だと言える。  もし犯罪捜査で、本気の尾行をするならば、そもそも後から追いかけない。  凶悪犯ならば、攻撃を仕掛けてくる可能性もある。  その場合、スタッフを大量に動員して、立ち寄る可能性がある場所すべてに張り込んで待つのである。  ターゲットは資産家だから、高級感のあるホテルで酒でも飲むかも知れない。  バーに繰り出すと周囲の目があるので、自室にいながらバーの雰囲気を味わいたい。  そんなイメージにぴったりのホテルがあった。  「大人の隠れ家」のコピーを打って、客室が少な目で内装に高級感があり、さービスも良いと評判のヘクセ・シュルスである。
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