1/1
前へ
/28ページ
次へ

 ターゲットが上場企業の役員など、裕福な層である場合には、ある程度の行動パターンを想定している。  不倫相手と落ち合う場所は、ヘクセ・シュルスのような高級感のあるホテルか相手のマンションである。  ホテルで落ち合う場合は、時間をずらして入る場合もある。  会社役員の不倫が発覚すると、社内または取引先など仕事に関係する人物を相手にした場合には解任理由になる可能性がある。  社外で、仕事に直接関係ない相手だったとしても、イメージダウンは避けられないだろう。  ビジネスにおいて、信用は非常に重要な要素である。  悪いうわさが流れてしまえば、降格人事くらいはあるかも知れない。  だから、細心の注意を払って行動するのである。  助手席の羽山を30メートルほど手前の路地に下ろしてから、ヘクセ・シュルスの駐車場に入っていく。  入口は金属製の自動ドアになっていて、近づくとゆっくり開いていく。  中は薄暗くて、ゆったりとした広さである。  人影がないかざっと視線を滑らせた。  ドライブレコーダーで撮影しながら、ターゲットの車種と色、ナンバーを探すと、入口付近に止まっていた。  窓をわずかに開けて人の気配がないことを確認し、身を隠しながら入口に近づいていく。  監視カメラにもできるだけ映らない角度を探しながら、車の影を歩いていると、もう一台客が入ってくる。  すれ違いざまに隠しカメラで車内の写真を撮り、そのままロビーへと入っていった。  オフホワイトの大理石のような床は、天井の照明を写し艶やかに磨き上げられている。  自動ドアを入ると目の前に部屋の一覧と、予約を確認する端末があるのみである。  左奥に小窓があって、スタッフに声をかけるときはそちらへ行けばいいのだろう。  背の高い観葉植物がいくつかあって、一目で全体を見ることはできない。  甘利は端末には触れず、操作する振りだけをして右手のエレベーターホールへと足早に歩いて行く。  その時、入口で物音がした。  先ほどの客が入ってきたのだろう。  物陰に入って先ほどの写真を確認した。  運転席にいる男にふと、どこかで見覚えがある気がしたが、すぐには思い出せなかった。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加