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 薄暗い廊下でスマホをいじっている、という(てい)で目だけを入口へ向けて観察する。  60近い男と、20代の女。  どちらもインテリ特有の雰囲気を持っている。  男の方は体形こそは崩れているが、髪は黒々として顔は血色が良い。  女は小柄だがスラリとして、余分なぜい肉を削ぎ落したような身体と、力のこもった眼光が印象的である。  このような、世間の目を忍んで逢瀬にやってきた、いかにもというカップルは意外と珍しい。  一般的に同じくらいの中高年同士で、いかにも真面目そうで、社会的に成功した人間がお互いの心の隙間を埋めるように燃え上がる恋に心を焦がすのである。  恋愛に年齢はさほど関係ないと言える。  逆に女性が老人のケースもあるし、むしろその方が燃え上がるように感じられた。  お互いにある程度の困難度があり、しかも顔を合わせやすい環境にあるとき、間違いが起こるのである。  女が極端に若い歳の差カップルの場合、金が絡んでいると見て良い。  社会経験の浅い若い女の目には、会社で昇りつめた男は成功者に見えるだろうし、ねだれば何でも叶えてくれるスーパーマンなのである。  甘利は思わずため息をついた。  恋愛に理想など描かないが、絵に描いたような未知ならぬ恋を見てしまった気分である。  今回のクライアントとは、数時間は接触できそうもないからこちらもついでに調べることにした。  浮気調査は探偵にとって、一番稼げる仕事である。  もしかすると次のターゲットになるかも知れない。  考えごとをしているうちに2人が肩を並べて近づいてきた。  男の方は満面の笑みである。  女はさきほどから下を向いたまま一言も喋らずに従っているようだ。  表情に暗い影があるように見えなくもない。  探偵としての直観が彼女に訴えた。  この2人の関係には裏があると ───
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