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 スマホをハンドバッグにしまうと、甘利はエレベーターホールへ先に入った。  タイミングを合わせて乗り場操作盤のボタンを押し、中へ入ると車いす用の副操作盤を確認した。  幸い、ドア横の主操作盤のみのタイプである。  つまり、開くボタンを押して待っていれば、後からカゴに入ってきた客は甘利の横から手を伸ばして押すしかない。  ホテルで後ろめたい所があるはずの2人の心理としては、他人と顔を合わせたくないし、細心の注意で避けてきた。  だが、その警戒を忘れさせる条件がそろっている。  出発させずにエレベーターを開いて待っている人がいたらどうだろうか。  待ってくれている人に、 「先に行ってください」  と言うにしてもコミュニケーションが生じてしまう。  それに善意で待っている人に対して無下にできない心理も働くだろう。  案の定、小走りで入ってきた2人に対して堂々と、 「何階ですか?」  と堂々と聞いた。 「5階です」  男の方が少し弾んだ声で答えた。  たまたま同じ階で少々驚いた、というジェスチャーをして見せながらボタンを押す。  お互いに距離を取るために、2人は奥の反対側の角へ行く。  5階に到着しドアが開くと、お先にどうぞ、と手で示して開くボタンを押したまま待った。  軽く会釈(えしゃく)をしながら自然な動作で視線を合わせると、人相を頭に焼き付けた。  こちらも顔を見られてしまうが、プロの探偵はターゲットに尾行だと気づかれない状況を熟知している。  エレベーターでたまたま同乗した人を、いつまでも覚えている人は少ないだろう。  そして、甘利は違和感のない立ち居振る舞いをいつも心がけている。  2人がドアに取り付けられた部屋番号を確かめながら奥へと進んで行くのを横目で見ながら、自分も部屋を探している、という顔をしてフロアをゆっくり歩いて行く。  一応、入っていった部屋番号を確認して写真と共に羽山と共有しておいた。  ターゲットも、ホテルに入ったのだから数時間は出てこないだろう。  一つ息を吐き出して、エレベーターへと戻って行った。
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