5人が本棚に入れています
本棚に追加
「でも、じゃないよ。ひょっとしたら本当に優しい人かもしれない。でも、顔も知らない、職業も知らない、そういう人を相手に本気に好きになるのは駄目だって。何回も言うけど、あんたまだ中学生なんだから。少し冷静になって、見定めた方がいいよ」
私の言葉に、どうやら彼女は本気で拗ねてしまったようだった。間違ったことを言っていない、というのが分からないほど子供ではないはず。でも、何度も中学生、中学生と呼ばれるのは気に食わないのだろう。
私も身に覚えがあるからわかる。中学生や高校生というのは――本人はもうほぼ大人になっているつもりだけれど、周りからすれば全然子供だということが。
「……ケイゴさんも、そう言って、あたしはオフ会に来ちゃ駄目だって断ってきた。会場も遠いし、一人で来るの危ないからって。……中学生混じってたらお酒飲めないし、って……」
なんでよ、と少女はぽつりと呟く。
「あたしもう、小学生の子供じゃないのにさ。危ないこともちゃんとわかってんのに……」
その日の相談は、それで終わった。
美味しい御飯の時間に申し訳ないことをしてしまったな、と思う。でも、そのケイゴさん、とやらの言う通りなのだ。
顔も知らない相手を好きになってもいいのだ、本当は。ただ、子供は自分で責任が取れない。大人にも気を使わせてしまう。相手が悪い人でなかったとしても、退くべきところはあるのである。
それから、数日後のこと。
「……ただいま」
彼女の“ただいま”が、とても小さな声になってしまった。前日までの、元気いっぱいの“ただいま”の声じゃない。何かあったかなあ、と思って私が出迎えに行けば、玄関で妹が泣きそうな顔で俯いていた。
その手には、スマートフォン。
「何があったの?」
なるべく優しい声を作って尋ねる。
「……我慢できなくて、スマホで……Xから、メッセ、送ったの、今日、学校で」
彼女はとぎれとぎれに言う。
「ケイゴさんに、好きです、って言った。好きだから、一対一でもいいから、会えませんかって。でも」
「うん」
「……ケイゴさん、女の人なんだって。結婚もしてるんだって。う、ううう、あたし、知らなくて、うううう、あああああ……!」
ついにその場で泣き出す揚羽。私は黙って、その場で彼女の肩を抱いた。
「マジだったのはよくわかったよ。私しかこの場にいねえからな。泣いとけ泣いとけ」
「ううう、泣くう……くっそおお……ううううううううっ」
彼女はまだまだ子供。だからこそ、まだまだ大きくなっていけるのだ。
恋は今日も一つ、レベルを上げた。
揚羽がまた元気に“ただいま”を言える日まで、私はそっと背中を支えるのみなのである。
最初のコメントを投稿しよう!