2人が本棚に入れています
本棚に追加
第3章 躊躇する新たな一歩
野原さん。この病院に入ってから初めて仲良くなった、看護師さん。
大学4年生でこの病院に研修に来ている彼女のあだ名は“やはらさん”。
まだ漢字があまり分からない、小学2年生の男の子が間違って読んだ名前が院内に広がり、彼女の親しい人たちは皆、彼女のことをやはらさん、と呼ぶ。そう呼ばれる度に振り向くその様は、なんかカッコ良い。
「菜乃ちゃん、具合どう?」
「あ、やはらさん!結構良い調子です」
そして私も、彼女のことを“やはらさん”呼びする人間の一人だ。
「そっか、それなら良かった!」
と、笑顔でやはらさん。この笑顔を見ると、なんだか安心する。
「あのね、菜乃ちゃんに話したいことがあって来たんだけど、今大丈夫そ?」
珍しく彼女が少し強張った顔で、こちらを伺ってきた。
「はい、、、、。話したいことってなんですか?もしかして、病状が悪化してきてて、余命があと半年しかないとか?」
私が戸惑いながらもそう答えると、やはらさんは、ぷっ、とおかしそうに吹き出した。
「そんなわけないじゃん、、、、、!菜乃ちゃんはまだまだ長生きできるよ!あ、なんかおばあちゃんに向けて言うようになっちゃったね」
そんな風にやはらさんがボケると、私もなんだか心が暖かくなってくる。
「で、本題なんだけど。菜乃ちゃんさ、親友同士でバンドを組んだことがあるんだよね?菜乃ちゃんはボーカルで、あとは2人いたっていう」
そんなこと、やはらさんは一体いつから知っていたのだろうか?なんか怖い。
「あの黒歴史のことですか?あの頃は楽しかったけど、まだ小学生だったからお遊び程度だったし。それに、中学生に上がって、うちらは部活とか勉強とかで、自然消滅したんですよ」
これは嘘じゃない。事実だ。
それでもやはらさんは、めげずに話を続ける。
「あのさ、今でもバンドに興味があったりする?」
その瞬間、私の頭の中にはノイズのように過去の記憶が流れる。
「確かにあの頃は楽しかったですけど、、、、。でも今になってまでやろうとは思わないです。そもそも私病気で、バンドなんかやりたくてもやれないし」と、私。
「なんで〜〜〜〜⁉︎せっかく菜乃ちゃんが飛び上がるようなお話をしようと思ったのにーーーーーー!」
え?なになになになに?
「ちょ、、、、、。なんですか?」
私がそう問うと、彼女は待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「あのさ、バンドのコンテスト、興味ない?」
いやいや、なんでそうなるんだ?私は病人だったはず。うん。
試しに私が今いる部屋を見渡す。うん。やっぱり病院だ。つまり、私は病人だ。
「先生、私、さっきも言った通り病人ですよ?そもそも練習なんて出来るわけないじゃないですか!」
だが、やはらさんは全く聞く耳を持たない。
さっきまで腰掛けていたベッドの傍にある椅子から立ち上がると、ニヤリと一言。
「まあ、そういうわけだからよろしくね!」
いやいや、それならなんで私に興味の有無を聞いてきたのか?
最終的に決めるのはやはらさんなのか、、、、、、、、、、、、、。
そうして、私は勝手にコンテストに出場することになってしまったのであった。
最初のコメントを投稿しよう!